「人工社会 −複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−」

出版記念セミナーの議事録

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【発表者と公演内容】

11:40 〜 12:20

 東京大学,田中 明彦 教授

 東京大学東洋文化研究所教授。専門は世界システム、日本外交。 1954年生まれ。 77年東京大学教養学部卒業後、81年マサチューセッツ工科大学政治学部大学院で博士号取得。(財)平和・安全保障研究所研究員を経て、84年に東京大学教養学部助教授(国際関係論)、90年東京大学東洋文化研究所助教授に就任。94〜95年には牛場フェロー・プログラムによりオックスフォード大学客員研究員。98年より現職。

Photo of Mr.Tanaka

<主著>

 『世界システム』(東京大学出版会、1989年)

 『日中関係1945-90』(東京大学出版会、1991年)

 『新しい『中世』−21世紀の世界システム』(サントリー学芸賞受賞、日本経済新聞社、1996年)

 『安全保障―戦後50年の模索』(読売新聞社、1997年) など。

Topic: 「国際政治とマルチエージェント・シミュレーション」

 国際政治学におけるコンピュータ・シミュレーションにはすでに長い歴史がある。現在マルチエージェント・モデルと呼ばれるようになったタイプのシミュレーションもすでに1970年代に始まっている。しかし、これまではハード、ソフト両面から研究のフロンティアを大きく広げるには制約が大きかった。ABSなどのようなソフト開発が、今後の国際政治の研究および教育にいかなる貢献ができるかを実例をまじえて考えてみたい。

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【議事録】
 

【司会】

 お昼になってしまいまして、ちょうどおなかもすくような時間になってまいりましたが、最後、もう1つだけ午前中のセッションを終わらせたいと思います。第4セッションの「国際政治とマルチエージェント・シミュレーション」ということで、こちらも東京大学の田中明彦教授よりご講演いただきます。よろしくお願いいたします。

【田中】

 東京大学の田中でございます。もうお昼ですのでおなかもすいていますので、あまり長くならないように、できるだけ簡単にご報告させていただきたいと思います。

 私どものきょうお話しさせていただきますのは、ここにありますように「国際政治とマルチエージェント・シミュレーション」ということで、ABSを使って、国際政治という領域の理解に、どんな役に立つことがあり得るかというようなことを考える中間的なご報告というふうにお考えいただければありがたいと思います。先ほど、山影先生の報告はABSに、構造計画研究所のホームページに添付されているサンプルを、パラメータを解体して、できるだけ自由にしていろんなものをとる、その意味を考えてみるというやり方だったと思いますけれども、私どもがきょうご報告するのは、1つは、構造計画研究所のホームページに例が載っておりますサンプルでありますが、残りの2つは、このABSを使って実際にプログラムを書いてみて、新しいタイプのシミュレーションのプログラムをつくる事例であります。最終的な結果等は、まだ十分展開していない面もありますけれども、そんなことを考えているということをお示しできればと思います。

 まず、国際政治のシミュレーションということですけれども、国際政治というのは何をやるかというと、いろいろあるわけですけれども、大まかに言いますと、戦争と平和、何で戦争が起こるか、どういうふうに平和は達成できるかとか、それから、……に支配が強まる、従属関係が強まるというようなこと。

 それから、もう1つ広く言いますと、国際政治だけではなくて、ある種の世界史、大国の攻防はどうして起きるのか、どうして技術帝国が大きくなるのか、あるいは、かつての歴史で言えば、どうして春秋戦国時代の後に、秦の始皇帝が中国を統一したのかというようなこととか、あるいは、これは私が国際政治をやっていく上で私設ですけれども、中世のような封建的な社会から近代社会が生まれて、その近代社会から今のようなグローバリゼーションが進んだ社会はどうして起きるのかというようなことに関心がある。

 それからもう1つは、シミュレーションのタイプとしてみますと、それ全体のシステムというわけでもなくて、それぞれの国で、対外政策を行っていくときに、どういうふうにやったらいいか、あるいは自分が相手にしている国、例えば中国が一体どうやって対外政策をやっているのかということを考えるのに、コンピュータを使うということもあり得るかと思います。

 このシミュレーションに関しては、国際政治においてはそれほど新しいことではなくて、かなり古くから、コンピュータを何とか国際政治に利用できないかと思っていたわけです。典型的に言えば、軍が演習をするというのはシミュレーションであります。それから、その軍の演習を政治問題に適用すると、全部、人間でいう役割分担ゲームみたいなものですね。こういうのもあります。これは今でもかなりいろいろなところで使われています。さらに、人間の役割分担をしていくときに、情報としてコンピュータがいろんなものを出して、マンマシンゲームというようなこともある。

 ただ、コンピュータを使ったもので言いますと、今までも幾つかお話がありましたけれども、1970年代、80年代というのは、どちらかというと計量経済学的モデルとか、システム・ダイナミクスとか、そういうようなものが多かったかと思います。国際政治において、マルチメディア的なことを考えたシミュレーションはどのくらい古くまでさかのぼれるかというと、大体1970年代だと思うのですが、これは後で紹介する勢力均衡モデルの原形になったものですけれども、グレマンさんという人とミハルカさんという人が2人でつくったモデルで、1970年代の中旬ごろにつくられました。それから、1980年代の初めぐらいには、先ほど服部さんのほうからも話がありましたように、ミシガンのロバート・アクセルロッド教授が、有名な囚人のジレンマのトーナメントをやるというようなことがあります。こういうようなことが、国際政治におけるマルチメディアの先駆けだったというふうに言うことができると思います。
 ただ、1970年代、80年代には、非常に困難が伴ったわけですね。1つは、コンピュータシステムが、……である、能力が低い。それから、マルチエージェント型でシミュレーションを書くときの言語があまりない。FORTRUNで書くとかBASICで書くとかいうと、どうしても手続き的に順番に書くということで、マルチエージェント型はしにくい。それから、やはり何といっても、ユーザー・インターフェース、グラフとか絵とかをあらわしていくことが非常に難しくて、そこで何が起こっても、……使えないということがありました。

 そういう結果がありますから、例えばグレマン、ミハルカのモデルというのが70年代の終わりに報告されましたけれども、ほかの人があれと同じことをやってみようというふうに思うと、なかなか難しいということがたくさんあるわけです。そこで、やはりこのSWARMとか、STARLOGOとか、それから今回のABSというものができた結果、国際政治の分野においても、かつて追史をするのがなかなか難しいと思われていたようなものが、かなり容易にできるようになった。

 そこできょうは、ここに1で勢力均衡モデルというふうに書いてありますけれども、これを含めて3つほどのモデルのご紹介をしたいというふうに思います。先ほどの山影先生のお話の中に、ABSの使い方の……とイカリというところがありまして、それの一番最初のところに、より過激に、より単純に、より不自然というのが、そういう格言、そういうふうにやりましょうというマインド……の……があったわけですけれども、この勢力均衡モデルというのの1つは、そういう面もあります。

 つまり、国際社会でどういうときに平和が達成されるのか、どういうとき戦争が起きやすくなるのかというようなことを考えてみると、理想主義的に考えると、みんなが平和を求めるという話になるわけですね。戦争をしないように思えば、平和が絶対にあるというわけですが、1つ、あえて頭を変えてみますと、逆に、国家というものは、非常に利己的で、領土拡張はみんなしたがっていて、それで勝てるとなったら必ず戦争する。そういう、ある種、単純に、そして人間ですから、人間はそんなに全部……ではないですから、そういう仮定は不自然なのですが、仮に全部が領土拡張志向の利己主義的効果、それから、行う行為は、戦争とするか、あるいは戦争に対抗するための同盟をつくるか、これしかないというふうに考えた。それで、さらに、そのときに何を考えるかというのは、もう容赦なく……かけようか。ほかの正義とか、倫理とかは一切考えない。そういう国家だけを想定したシステムをつくったら、一体何が……ということです。そういうシステムにおいて、平和は全く不可能というようなことを考えてみたということであります。

 これが前提でありまして、これをABSであらわしてみたわけですが、実際にはどういう空間的イメージかといいますと、お配りされたABSのA3判の紙のところの下のほうに、勢力均衡モデルの出力例というのがございますけれども、これは、96ぐらいの六角形をした国がこんなにあるという……。そこで、先ほど申し上げましたような前提に基づいて、国家が、それぞれの96、……戦争をするか同盟するか、戦争に勝つか負けるか。戦争に負けると領土はとられてしまっていって、この場合の国家は次から次へと移ってきます。

 典型的には、どんなことが起きるかとなると、それぞれの……国の中から、パワーの差によって、大きな国は戦争しやすいというような前提、強ければ戦争をしたがるという前提で、力に比例してランダムに、どこかの国が戦争を始めるということを考えます。これがイニシエーターの選定であります。そのイニシエーターが選定されてから、どこかを攻める。攻めるときは自分の周りにいる国で一番弱い国を探して、一番勝てそうなところをターゲットにする。ターゲットにされますと、今度はターゲットのほうがそれだと負けちゃいますから、何とかして攻めてきたやつに負けないような同盟を組む、同盟を形成する。このターゲットが同盟をつくると、今度はイニシエーターのほうも、それに対して、向こうの同盟のほうが強くなっちゃうと負けますから、またこっち側が同盟をつくる。それで、ある段階で対戦が決定されて、パワーに上下にある種の乱数を掛けたものによって勝敗が決定されます。勝敗が決定されて、勝ったほうは、負けたほうから領土を取るということであります。

 これは、今の絵であらわしますと、こうやって単純化された32の中で、これで例えば44が選ばれた。そういうと、44は42を攻めるぞというわけですね。すると、42は、それじゃ負けちゃうから60に同盟になる。それで、44は、それじゃ、今度26と42が我がほうの同盟だというふうに。それでまた42は、今度さらにまた同盟を拡張するということで、その同盟の形成が繰り返されていくということ。それで、実際に戦争の勝敗が決まるわけでありまして、この場合は、最初に攻撃を仕掛けたイニシエーターが負けるというような形で終わります。

 これは、1ラウンドでありまして、これを延々と何十回も繰り返して、最後はどうなるかということであります。その際に、幾つか、どういうところが変えられるかというと、パワーで決まると言いましたけれども、相手のパワーを決めるというのはある種の誤差がある。その誤差をどういうふうにするかというようなこととか、正確に……できるかとか、誤認していたらどうなるかというようなことが、このシミュレーションをやってみたときの、1つの眼目であります。

 そこで、今、ここでグラフはこんなになりましたけれども、今のロジックの中には、戦争を仕掛けて負けたら併合されちゃう、これしかないわけですから、単純に考えますと、最後は、どこか1カ国が負けるというふうになると思うのですが、これをやってみますと、いろんなパターンがありまして、最後は春秋戦国から秦の始皇帝、あるいは戦国時代に信長の天下統一になるというケースがあるのですが、これを見ていただきますと、赤が全部の国の数なのですが、最初はどんどん戦争を繰り返して統合が進むわけですけれども、ある段階で、この赤のちょうど真ん中に「勢力均衡による国家の共存」と書いてありますけれども、そのあたりになりますと、国家の数が6つとか7つで、あまり変わらなくなるというところがある。

 これは、ここのグラフだけ見ていますと、システムは平らになったところから、減ったところから平らになったということで、変わったように見えるわけですけれども、実際にはやっていることは、ゲームのルールは全然変わっていないのです。変わっていないけれども、その全体のマクロのパターンというのは変わる。そこで、これはほとんど戦争が起きない。非常に不自然な過程、すべての国が領土拡張する体制であっても、場合によると、勢力均衡というような形で平和が続くことがあり得るということを、このシミュレーションは示していると思います。もちろんこちらの例のように、今のような勢力均衡の事態が発生しないで、どんどん減っていって、最後には天下統一、世界征服ができてしまうということもあります。つまり、このモデルを考えてみた場合に、どういうときに帝国が形成されるか。あるいは、どういうときには、全体として勢力均衡で平和になるか。世界統一なしに世界平和が可能かという1つの考え方を検討する道具ができたということになります。

 これですべての結論が出ているわけではなくて、むしろまだ始まったばかりなのですが、一体どういうときに利己的な国家ばかりであっても平和が続くか、どういうふうにそうでないかというところについて、このように考えた。パワーの初期分布とか、誤差とか、一般性とか、そういうところが関係してくるのではないかと思われています。

 国際政治のモデルというのは、これは1つでありまして、これのみではありません。

 次に、大学院の山本君が、また国際政治的な現象に関して、違った見方、一体どういうふうに帝国ができるかというようなことについてのモデルを説明したいと思います。

【山本】

 先ほどのモデルと非常に似ているところもあるのですが、先ほどのモデルが領土を併合していくというモデルであったのに対して、今度は領土は併合しないで、勢力圏を拡大していく。つまり、相手国に朝貢を要求して、朝貢を差し出したら、仲間に加えてあげると。それで1つのネットワークを形成していくというふうになります。

 先ほどは戦争をやるだけだったのですけれども、今度は、戦争をやらないで朝貢を差し出して戦争を回避するというふうにターゲット側が判断することができるようになったということです。それで、イニシエーターの選定ですけれども、これは先ほどと違いまして、基本的にランダムで選択されます。ターゲットのところですけれども、イニシエーターが、自分よりも弱くて一番多く朝貢をくれるのをターゲットに選ぶ。ターゲットは、ターゲットに選ばれると、戦争をするか、朝貢するかを決定する。戦争すれば、コミットメント、忠誠の関係は変わらないわけですけれども、朝貢を要求されたイニシエーター側に差し出すと、コミットメント、忠誠が1つ下がって、少しだけ仲間になる。それが0から100、10刻みで10段階になって、100%になると、完全に仲間になっているということになります。

 このモデルでは、国家の配置がこのように0から9まで、順番に並んでいるという形になっていまして、これがちょっと後ほどのインプリケーションの復元のところで多少違いが出ますので、ご記憶ください。インプリケーションとしては、この3つをここでさせていただきたいのですけれども、1つは、……制度としてのカイ……と、後ほど詳しく説明しますけれども、このときは重層的……

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