「人工社会 −複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−」

出版記念セミナーの議事録

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【発表者と公演内容】

13:20 〜 14:00

(株)博報堂 研究開発局,水野 誠 様

 1957年生まれ。 80年筑波大学第一学群社会学類卒業。85年筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了(経済学修士)。96年東京大学大学院経済学研究科(企業・市場専攻)博士課程編入。現在、在籍中。 職歴は、80年に株式会社博報堂入社。マーケティング局勤務を経て、現在、研究開発局グループヘッド。専門は、マーケティング・サイエンス、消費者行動研究、複雑系工学手法のマーケティングへの応用。現在準備中の博士論文では、「消費者選好の進化」を研究。

Photo of Mr.Mizuno

<論文、雑誌コラム、訳書>

「マルチメディア時代の消費者調査」、品質、Vol. 24, No.3, 1994, pp. 31-41.

「未来志向の統合市場戦略をどう策定するか」、マーケティング・ジャーナル、Vol. 15, No.1, 1994, pp. 35-44.

「複雑系で迫るブランド競争のダイナミズム−ブランド生態系のシミュレーション-」、宣伝会議、No. 599、 1999、pp. 60-63.

「「人造消費者」がJ-POPのヒットを予測する」、広告、11/12月号、1999、p. 7.

ウィンズロー・ファラル(室川真昌、水野誠、南潮訳)『ヒット・エコノミー戦略』レゾナンス出版、2000年1月刊行予定 など。

Topic: 「マーケティングにおけるマルチエージェント・シミュレーションの動向」

 マルチエージェント・シミュレーションは、マーケティングでも応用が始まっている。そこで、博報堂が開発した2つのマルチエージェント・シミュレータを紹介したい。第一に、ビールの主要ブランドが、消費シーンの空間上でどのように顧客を奪い合うかをシミュレーションしたモデル。第二は、J‐POPのCDが、マスメディアやクチコミの力で、どの程度のヒットを起こすかを予測するモデルである。

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【議事録】
 

【司会】

 午後の第一セッションは、「マーケティングにおけるエージェントベース・シミュレーションの可能性」ということで、博報堂研究開発局の水野誠様にお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【水野】

 博報堂の水野と申します。午後の一番ということで少し眠い時間だと思いますが、「マーケティングにおけるエージェントベース・シミュレーションの可能性」というタイトルで、お話をさせていただきます。

 きょうお話する内容ですが、まず最初に簡単に、マーケティングの立場から見たエージェントベース・シミュレーションというのはどういう意味があるかということをごく簡単にお話します。二番目に、ひとつの応用例ということで、ビールの市場での競争モデルというものについてお話します。三番目にですね、J-POP、CDのヒット予測モデルというものについてご説明します。最後に、エージェントベース・シミュレーションというようなものをどう使っていけばいいのかということについて、私なりの考えを簡単に述べさせていただきたいと思います。

 さっそく最初にお断りしておきたいのですけれども、きょうお話しする内容というものは、今まで先生からご紹介があったような、アカデミックな立場からのものというよりは、実務的なモデルでございます。ですから、この内容にどういう意味があるのかとか、この(?)を使えないかといったことについては、残念ながらですね、オープンにはできない部分もございます。そういうことと、もうひとつはですね、構造計画さんのエージェントベース・シミュレータという、先ほど大文字/小文字という話がありましたけれども、大文字の固有名詞のエージェントベース・シミュレータを使って作ったものではないということです。ただし、小文字のエージェントベース・シミュレータで、エージェントベース・シミュレーションの考え方そのものというのは共通しておりますので、構造計画さんのABSを使いましてですね、同じようなことをやるということは、原理的には可能だと思います。そういうことで、このセミナーで、このお話をさせていただきます。

 まず最初に、マーケティング・モデルの立場から見たエージェントベース・シミュレーションについて簡単にご説明したいと思うのですが、まず、「マーケティング・モデルの現代的な課題」というたいそうなタイトルがついておりますけれども、マーケティング・モデルにどういうふうなことが望まれるのかというような、さまざま、いろんなことが言われております。そのなかで、エージェントベース・シミュレーションと関係がありそうなものをいくつか挙げてみたいと思いますが、ひとつは、とにかく世の中の変化が激しいということですね。この変化の激しさというものにモデルがどのようにキャッチアップできるかという問題がひとつ。あともうひとつは、これは午前中の先生のご発表、あるいはこれから経営学のご発表がございますけれども、そういった方々のお話のなかにもありましたが、人間の意思決定というのは必ずしも完全に合理的なわけではない、そういったものをどういうふうにモデルに織り込んでいくかということがひとつ。あともうひとつは、これはマーケティングにとって特に最近非常に重要になっていると思いますが、人間と人間のあいだの相互作用ですね。そういったものをどう確かめるか、そのへんがマーケティング・モデルにとっての課題なわけです。

 まず最初の、変化が激しいということなのですが、これはもう、言うまでもないことですけれども、世の中の技術革新だとか、あるいは規制緩和をめぐる制度の変化ということですね、今までマーケティングのテキストブックが想定していたようなレンジよりもっと短い範囲でのこういった変化。ですから、製品ライフサイクルというようなものがございますけれども、それが例えば、成長期、成熟期に向かっていくというようなことで、そのあいだでいろんな戦略を考えるというようなことがマーケティングのテキストブックに書いてございますけれども、そういうことは普通、だいたい、短くても5?6年くらいのスパンでそういうものが維持できるというふうに考えているわけですが、それがもっと短縮化されていて、しかもそれがどんどん、つぎつぎと新しい(?)ができるというようなことですね。あるいは、これは例えば、私のあとのご発表にあるような規格競争の話なども流れていきますけれども、初期のですね、いろんな違いというようなものが、その後の市場が動く経路に非常に大きな影響を与える、というようなことも言われています。

 もうひとつ、限定合理性という問題ですけれども、これは特にマーケティングの場合は消費者を対象にしますので、消費者について考えてみたいのですけれども、これも非常に大きな問題です。マーケティングの領域では、このへんがいろいろ研究がもちろん進んでいると思います。例えば、消費者が選ぶ対象というのは、いろいろ制約があるのですが、消費者が何か物を選ぶときに、必ずしもそのあることを選ぶ結果を、経済学が考えることは十分把握していない。例えばそれを買うことの長期的な費用ですとか、機会費用といったものはかなり無視されがちであるということが実証されております。
 あるいは代替案の帰結に対する選好ですね、好み、こういったものをですね、規範的な(?)が考えるようなものには必ずしもなっていなくてですね、好みが一貫していない、恣意性を満たさないケースというのは多々ありますし、どういう準拠点から、レファレンス・ポイントから物事を評価するかでその価値が変わるというようなことも指摘されています。

 最後に、物を選ぶ、選び方についてもですね、いろんな制約があってですね、必ずしも増加的な(?)関数を最大化するといった形ではない、現実的(?)による選択というものがあると言われています。

 三番目の問題としては、消費者間の相互作用、これは一番典型的には流行とかファッションに見られる現象なんですが、他人の行動ですね、あるいは世の中全体がどうなっているのかということが大きく影響するということで、それはですね、スノッブ効果だとか、バンドワゴン効果というような名前で言われていることです。

 スノッブ効果というというのは、世の中にそれを使っている人が少ないほど希少性があるということですし、バンドワゴンというのは、それを使っている人が多いほど、つまり自分もバスに乗り遅れるなという感じでそれを使うということですね。あるいは、高い商品ほどですね、それを買うという自分の地位を示すという効用があるということで高いものでも買ってしまうというような効果などが指摘されています。あるいは口コミとかうわさ、これも非常にマーケティングでは注目されています。これは(?)におけるこのデータは、オピニオン・リーダーといったものの存在がありますし、あるいはそういう一定のだれかが主導しているわけではないんだけれど、友人のネットワークのなかで物の、商品を意思決定するというようなことはよく指摘されています。

 ということで、いろんな条件ですね、前提条件が変化する時代になるということ。生産技術も変化するし、制度的なものも変わるし、消費者の選好も変わる。消費者はそのあたり、限定合理的に行動していくんだというわけですが、それをモデル化しようとするとそう簡単ではない。確かにいろいろな限定合理性の意思決定モデルというのが提案されていますけれども、例えばそれをデータに当てはめて推定するというようなことは、かなりその、普通の従来のモデルでは難しい場合が多い。

 またそれに関連して、ルールベースのモデルというようなものも考えられていますけれども、これは統計学的に推定するということは不可能ではありませんけれども、やはり今までのそういうような推定が難しいというようなことはあります。さらに、消費者間の相互作用といったことですね、これを反映しようと思いますと、今までのように例えば代表的な個人、代表的な企業を仮定してモデルを作るのとは違う、難しさがあります。個々の要素を、例えば個々の消費者を観察して、それを単純に積み上げて、市場はこうなるだろう、というふうにも言えないということになります。

 ちょっとここで、問題に入る前に、博報堂の宣伝局(?)ですが、97年にサンタフェ研究所のビジネス・ネットワークに加入をいたしました。ひとつは、複雑系というのをメタファというふうに考えて、これをいろんなマーケティングの見方に役立てるというような、文学的なアプローチといったことをやっています。もう一方で、もう少しテクニカルな応用ということで、例えば(?)のようなですね、進化的な計算手法を取り入れるとかですね、きょうご紹介するようなエージェントベースのシミュレーションというようなものにチャレンジするというようなことをやってきています。

 それでは最初の事例なんですけれども、これは構造計画研究所さんと一緒に研究させていただいたものです。これはビール市場を対象にブランドの競争をどうモデル化しようかというようなことを試みたわけです。

 まずはモデルの基本的な考え方を申し上げますと、まず、ある種の生態学的な見方をこの競争のモデル化に使っている。まず「ニッチ」というようなものを考えます。ビールの飲用シーンというものがいくつもある。そのひとつひとつのシーンをニッチというふうに考えまして、そのニッチを二次元空間上に配置する、格子状に配置する、というようなことをしました。

 つぎにですね、そのニッチ空間上におけるポピュレーションというものとしてブランドを考える。ひとつのブランドというものをひとつのエージェントと考えるのではなくて、複数のエージェントの集合体としてのブランドというものを考える。ですから比喩的に言うと、例えばそのブランドを実際に売っていく、あるいはコミュニケーションしていくプロセスのなかにかかわるいろんなセールスコース(?)であるとか、そういったものが一個一個のエージェントになるというふうに考えてもいいかと思います。

 このエージェントが、先ほどのシュガー・スペースで言えば蟻に当たるわけですが、蟻の群れに当たるわけですが、蟻の群れがブランドに当たるわけですが、砂糖に当たるのは何かというと、ここでは各ニッチにおける消費者の需要というふうになっています。

 このプロセスのなかでは、ある種の自然選択というものが行われるということで、各個体、エージェント、蟻をめぐって競争、蟻をめぐってではなくて、餌をめぐって競争しているということですね。それで、十分に餌を取れないのは滅びる、たくさん餌を取ったのが増えるというようなことになります。
 このモデルはですね、これをやったのは2年ぐらい前ですので、まだABSというのが開発されていないころです。大文字のABSですね、大文字のABSが開発されていないころですので、サンタフェ研究所のSWARMというシミュレータを使って構築しました。

 まずニッチというのをどういうふうに、ニッチ空間をどう作るかということですが、この画面にありますように、二次元の空間上に、少し微妙に見えると思うんですが、格子が並んでいます。このひとつひとつの四角い箱がニッチに当たるわけです。これをですね、なるべく近い消費シーンが空間上の近くにくるような形で配置してあります。

 ここにいま赤い文字で出ましたのは、各色に対する特徴づけです。もっと細かくは実際の生活シーンが対応しているんですが、大ざっぱにくくるとですね、この左上のほうにはスポーツ、右下のほうにはプライベート、生活シーンというものが、ビールの飲用シーンというものがあって、そのなかにニッチがある。画面に濃淡がございますけれども、この濃淡は需要量を表しています。黒いほうが需要が多いということで、黒いところにたくさん砂糖があるというふうに考えていただきたいと思います。

 ブランドは先ほど申し上げたように、エージェントの集合体です。各エージェント、ブランドは、各ニッチに対して一定のプレゼンスを持っています。これはエージェントの数というふうに考えてもいいかもしれません。各ニッチにいるエージェントはですね、近傍のニッチの需要量が多いほどそちらのほうに移行しようとするということで、ここにあるような仕組みですね。自分の近傍にある、あるいは自分がいまいる位置を含めたニッチの需要量、そこにある砂糖が多ければ多いほど、プレゼンスをそちらを移すということです。ここにユベータ(?)という係数がついてます。これが需要の弾力性という形になってですね、これがブランドごとに違っている。これはあとで(?)。

 各エージェントはですね、そこのニッチ、どこかのニッチに移動したらですね、そこでさらにですね、もちろん他のエージェントも入ってきますので、そこでそこの需要の取り合いになるわけです。それは当然、そこに入ったエージェントの数に比例した形で、プレゼンスの量に比例した形で、需要が再配分される。配分された量でもってつぎの日にまた再生産されるということになります。
 これは、左下にあるのはですね、最初のある年のですね、各ニッチにおけるいくつかのブランドのプレゼンスを示している分布です。色の違いがブランドに対応します。ただ、ひとつのセルに複数のブランドのエージェントが入っていますので、そのなかで一番多いブランドの色をとりあえず表示しています。これを見ると黄色が一番目立つんですが、黄色以外にも黄緑だとか、紫だとかですね、そういったいろんなブランドがあることがわかります。これは単純に需要の量、そこにある砂糖の量に一致していますが、当然、砂糖の量が多いほど、そこにたくさんのブランドのエージェントの数があるということです。

 これを先ほどのルールでずっと動かしていきますと、だんだんと黄色の面積が増えていきます。黄緑がだんだんと消えていっているというふうなことを見ることができます。

 いま言ったような、こういうある意味では非常に簡単なモデルどこまで現実の消費者の意識の変化というものがとらえられるかということで、先ほどの出発点に使ったのが96年の消費者調査なんですけれども、98年の消費者調査の結果と比較してみたのがここの分布です。この横軸が96年から98年の年度になっていて、縦がマインド・シェア、消費者の好みのシェアになっておりますが、色の違いがブランドの違いです。直線が引いてあるのはですね、これが実際の、調査が二時点で行われています、それぞれの二時点の変化を表す直線でして、ギザギザがシミュレーションから出てきたブランドのプレファレンスの総量ですね、総量を追ったポジション(?)。それでまあ、ぴったりというわけではもちろんないんですけれども、ある程度、2年間に起きた変化をトレースするような形で市場の分割が行われています。といいますか、これをなるべくトレースできるように先ほどのデータとパラメータをヒルクライミング(?)によって推定したということです。

 ここからがシミュレーションのですね、ひとつの面白い点だと思うんですが、実は先ほど申し上げたように、需要の、ブランドのパフォーマンスの違いがどこから出るかというと、最初のニッチ空間でどれだけ、どういうポジションを持っていたかということと、それぞれのブランドがどういうふうに動いたかで、この場合は単純に需要の弾力性だけが唯一の違いです。

 この(?)から出てきたひとつの面白い傾向というのは、この間に成長したブランドほど需要の弾力性が低いということですね。つまりあまり前の日においしい砂糖があるからといって、そこにどんどん行かないでいたブランドほど、全部が全部じゃないんですが、それにもちろん初期のポジションもある程度良かったところがシェアを伸ばしたということです。逆に大幅にシェアを低下、非常に高いポジションにいたんだけどシェアが低下したブランドは、非常に需要に対して弾力的であったということなので、その弾力性が低かったらどうだったんだろうというシミュレーションをしてみました。

 そうしますとですね、この黄緑のブランドを見てもわかりますように、最初のうちはもみ合っているんですが、結果的にシェアを伸ばしているということで、これは本当に、まったく可能性でしかないんですけれども、そのブランドがあまり周りにあるですね、周辺の需要にこうセンシティブにならないで動いていたら、もしかしたらシェアを低下させなかったのではないかというようなことが言えるかもしれません。そういうふうなシミュレーションです。ほかにもいろんなシミュレーションがもちろんできるわけですが、ひとつのシミュレーションの事例です。

 ここから言えることなんですが、ひとつはですね、今回の事例というのはまだまだ完成されたものとは言えないんですけれども、マーケティングに使う、特にマーケティングに使うという意味ではですね、実際の消費者データにもとづくモデリングというものを考えなければいけない。具体的には、市場の空間をどう作るか、ニッチの空間をどう作るか、あるいはそのそれぞれに対してどれくらいの需要量、砂糖を賦与するのかといったところに市場のデータを使うということですね。あとは、そこの上でのエージェントに対しても、エージェント・ルールの設定に対してもデータを使うと、そういう試みに、(?)ではないかというようなことです。

 ただ、まだ課題がございます。ひとつはですね、エージェントの行動、これがあまりにも盲目的で機械的ではないかと、要するに、砂糖があればそこに動くということだけで、そんなことでブランド戦略が成り立っていくことはないという考え方はもちろんあります。もちろん、いや、そうじゃなくて、実際の営業活動とかですね、宣伝活動というものはかなり周りの状況に左右されて、そこにあまり蜜があるとすぐそっちに言ってしまうというものだという見方もあるかもしれませんが、やはり、戦略性というものはやっぱりあるだろうということで、そういった要素を入れていくというのはひとつ、今後の課題であろうと思います。

 あともうひとつは消費者行動がですね、ここの場合は本当に、あるセル、あるニッチにある一定の需要量、砂糖というようなことで、まったく意思決定をしていないということですから、これはマーケティング的にはやはりちょっと面白みに欠けるので、消費者の意思決定性というふうにして取り込むというのは、将来の課題ですね。

 これがいちおう、ご紹介したのがビールの市場ですが、つぎはJ-POPのヒット予測の例です。J-POPのCD、特にシングルCDというのはですね、非常に極端な世界です。ここにあるのはある一定期間の、6週間の、発売後6週間のCDの売上の分布ですが、非常に偏った分布をしていまして、ほとんど売れないケースが大半なんですが、たまにですね、大ヒットするというのがポツポツとこう出てくる。その大ヒットのスケールというのは非常に大きいという市場です。ですからたまに、まれにメガヒットが出てくる、一人勝ちの世界だということです。大半がなかなか生き延びられないということで、ライフサイクルも非常に短い、そういう市場です。

 こういうJ-POPの市場に取り組んだ理由のひとつはですね、先ほど申し上げたマーケティングの上での課題というようなものを体現しているということです。つまり、常に新製品が導入されて、ライフサイクルが短い、消費者がよく、深く考えて、十分検討して買うような市場ではない、限定合理性ということですね。もうひとつは、非常に他人の影響を受けやすい。J-POPは、クラシックやジャズのファンならばかなり自分の強い好みを持っているかもしれませんが、J-POPの場合は、もちろん自分の好みというのは強くあるんですが、一方でですね、友達との付き合いということで買うことがけっこう多いということがインタビューの結果で出ています。要するに、非常に周りに影響される、あるいはヒットチャートで売れると、それでみんなつられて買う、というようなことがあります。

 こういう市場に対してチャレンジしてみようというのがこのプロジェクトです。このプロジェクトはですね、博報堂とプライス・ウォーターハウス・クーパーズ、これは日本にもございますけれども、これをやったときはニューヨークのなかで、ニューヨークのプライス・ウォーターハウス・クーパーズのなかでこういうエージェントベース・シミュレーションをニッチに(?)応用しようということでやっているグループがありまして、その人たちと一緒にやりました。

 ちなみに皆さまのきょう、お受け取りになったバッグのなかに、「人工社会」ともうひとつ、他に本が入っていたと思うんですけれども、その本というのはこのプライス・ウォーターハウス・クーパーズのエージェントベース・シミュレーションの仕事をしている人間が書いた本です。そちらのほうはビジネス書ですので、気楽に読み流すような感じで読んでいただけるのではないかと思います。

 最後のオリコンさんですね、これは日本のなかでCDの売上データ(?)会社ということで、この3社で共同してやったことです。

 モデルの基本的な考え方ですが、まず消費者というのは音楽に対してひとりひとりが違う好みを持っている、これは当たり前で、マスコミの世界では当たり前のことですが。消費者は、マスメディア、広告、イベントの状況に影響されて、新しく送られたCDへのパーセプション、最後は購買意向を形成していく。具体的に言うとラジオにどれだけその曲がかかっているかとか、テレビに主題歌にどれだけ取り上げられたか、あるいはコマーシャルに、CD自体がコマーシャルに流れる、そういったことですね。消費者はそんな制約のなかで、購買意向がある閾値を超えたらそのCDを買う。

 最後の点がこのモデルの非常にユニークな点なわけですが、消費者のあいだにですね、ネットワーク、友人関係のネットワーク、エージェントのあいだにそういう影響関係というものがある、それでそのあいだの信頼関係、友達とのあいだの信頼関係に基づいて、他人の影響を受けて購買、意思決定に至る、ここがかなりユニークな点です。

 ですから、人工市場とありますけれども、人工的な市場を作ってそのなかに人工的な消費者が多数置く。そのなかに、影響関係、この人はこの人の言うことを信用する、影響を受ける、といったような影響関係が規定されていく。こういう人工市場に対してこういう特徴のCDをこれぐらいの広告のプログラム、スケジュールで、リリースではこれだけ取り上げられて、ラジオでこれくらいかかっているよ、というようなデータを与えると、このなかの消費者のあいだで相互作用がいろいろ起きてですね、最終的にみんなどれくらいそのCDを買うかのそういうシミュレーションをする。ひとりひとりの購買量を足してあげれば、市場の売上が出る。

 このプロジェクトでは7万5000人のエージェントを作りまして、人工市場を作りました。98年の4月から今年の3月までの135ケースを学習用のサンプルにしまして、そこからパラメータを仕入れました。そのあとのですね、99年3月から5月に発売された29タイトルを、これをいわゆるボルドアウト(?)、予測用ということで、進呈には使わないサンプルとして取っておいて、それに当てはめてみて実際の売上と予測値とのギャップを見るというようなことを試みました。

 用いたデータとしては、ここにある4つの(?)データですね。アーティストの特性、ラジオのオンエア回数、小売の期待度、テレビのコマーシャル/タイアップ・テレビの視聴率。そしてアウトプットはCDの売上枚数。バックグランドになっているデータとしてはJ-POPの購入者のデモグラフィック特性ですとか、それぞれのアーティストの好みとか、友人関係はどうなのか、どういうようなことを表しているか、そういうふうなものです。

 ここにございますのが、エージェントの関係を図式化したものですけれども、これがひとりひとりの消費者になっている、人工消費者になっているとうことですね。いまある(?)としては、ここからそのエージェントの友人関係がだれであって、それぞれに対してどれくらいの人間関係、信頼関係があるかということです。この図はですね、縦軸は、ただ単純に消費者を並べてあるだけなんですが、横の、右横に伸びているのが(?)配置されている。ある領域を超えると、閾値(?)を超えてですね、購買、意思決定に至る、そういうことです。これはあるケースについて売上がどういう動きかを予測したものです。

 実際にどれぐらいの予測精度だったかというと、これは横軸が実際の売上の実績で、縦軸が予測値です。これは発売週の売上に対してその直前に予測をした例です。そうしますと、こういう形になります。この赤線の上にぴったりと線が乗ると100%予測が的中しましたということになるわけですが、もちろんそうはなっていませんで、予測値と実測値との相関係数が0.852。決定(?)件数でいうと0.7ぐらいですから、そんなに高くないじゃないかと思われるかもしれませんが、これはモデルに対するヒッティング(?)をしているんじゃなくて、ボールドアウト(?)したサンプルに対して予測している例ですから、当然その精度が少し下がるわけですけれど、ご存知のように変化が激しい、予想のつきにくいJ-POPの市場である程度、予測精度を上げたのではないと考えています。

 これはヒットをですね、ただ単に枚数で予測するだけじゃなくて、格付け、グレード・ランキングで、それを例えば(?)ですが、これでもだいたい7割ぐらいの確率で格付けを予測しています。

 この結果について、直前に行った予測に関しては発売週に対しても0.8ぐらい、発売後6週間の結果だと0.9くらいの相関の予測をしています。ヒットの格付けの予測でも7割以上で判定しているという、比較的高い……もちろん、もっと予測精度を上げたいという気持ちはあるんですが、スタートラインとしては、悪くない精度ではかったか、特にこの市場に対してはいい数字(?)じゃないかなというふうに思います。

 変数もですね、先ほどお見せしたような感じで、もっと本当は予測に使えそうな高い精度のデータというのを今後は集められると思いますので、そうするともっと精度は上がるだろうと思います。あるいはもちろんケースを増やすことでも予測精度は上がるんじゃないかというふうには思っています。

 このプロジェクトに対していくつかよくいただく質問がありますで、それに対して先にお答えしておきますと、まずCDの売上は、ひとつの楽曲というか、その音楽の質とか、音楽の中身そのものがやっぱり大きな影響を与えるだろう、そういうものが入っているのか、というものですね。これは、直接的には入っていません、というのが答えです。ただし、ひとつの変数、購入の期待度というのが入っております。購入の期待度というのは、直前に小売の方々にどのくらいこのCDは売れると思うかというサーベイをした結果ですので、当然、楽曲の評価というのは、流通側からの評価ですけれど、ある程度は反映されているわけです。

 もうひとつよくあるのは、さっきぐらいの判定だとおれでもできるよ、という方もいらっしゃいます。あとで見るとだいたい、確かにあのCDは売れるだろう、そんなのはだれが見てもわかるというんですが、事前にそれを予測できるかどうかというのは、本当は難しいところですね。専門家ならだれでもできるかどうかというのは、疑問がありまして、非常にプロモーションをかけたのに、しかも有名なアーティストなのに、売れなかったケースというのはやっぱりいくつかある。これはもちろん、いや、ちゃんとそれは予測できてたんだけれども、なんか事情があってプロモーションをたくさんしたんだということがあるかもしれませんけれども、やはりなかなか専門家でもですね、常に予測が当たるというわけではないだろうと思います。専門家の予測がある程度当たるなら、そういう予測とこういうモデルの予測とをコンバインしてですね、やればもっと当たるだろうと思いますので、そういう形で発達したいと思います。

 あともうひとつ、もっと早くわからないのか、例えば半年前に予測できないかとかですね、せめて1カ月前にわからないかというご指摘もあるのですが、もちろんそうしたいのはやまやまなんですが、ひとつ言えるのは、この市場というのは、商品の発売前の1?2週間にプロモーションが集中するわけです。その間にどれだけラジオにかかったか、どれだけコマーシャルが流れたかといったことがですね、やはりその1カ月前まではわからないという意味ではですね、やはりある程度はできるだろうけど、やはり限界はあるだろうというふうに思っています。

 いま申し上げたようなことは音楽業界にあまり興味がない方にはどうでもいいようなことだと思いますので、モデルの意義についてふれたいと思うんですが、まず、実用レベルというか、実務的な立場から言いますと、やはり予測とか、あるいはマーケティング戦略の事前評価ができるというのが、やはりどうしてもモデルとして望ましいことになります。そういったモデルがこのマルチエージェント・シミュレーションの世界であり得るのかということについては、ひとつそういう可能性があるよということを示したのではないかというふうに思います。

 今度はですね、これは(?)云々ということを抜きにして非常に私自身、面白いモデルだと思っているのは、エージェント間のネットワークというものをモデルに内蔵させている、マーケティングで非常に課題となっている口コミの問題についても、明示的なモデリングをしているということと、あともうひとつは、そのネットワークを勝手に作ったんじゃなくて、経験的にエージェント間のネットワークを作っている。これは具体的どうやっているのかというのは、企業秘密になるわけですけれども、経験的というのは、データに基づいてエージェント間のネットワークを作っていくというようなことは、エージェントベースを使う上での非常に大きなキーポイントになるんじゃないかというふうに思います。

 こういうふうな形で、実際のデータをベースにですね、人工消費者の小宇宙、ミクロコスモスみたいなものを作るということで、そのミクロコスモスを目の前においてですね、こういうふうな、例えば、戦略をとったらどうなるんだろう、あるいはこういうタイプの消費者が増えたらどうなるんだろうというようなことをシミュレーションするということで、複雑な市場の理解に役に立つんじゃないか。

 きょうの私の発表では、予測にかなり力を入れてお話しし、予測精度のお話をしましたが、必ずしも予測を当てることだけが目的ではなくてですね、こうであったかもしれない未来、あるいはこうであったかもしれない現在というようなことをいろいろシミュレーションするというようなですね、フライト・シミュレーター的な使い方というのはあるのではないかというように思います。

 もちろん現在のモデルの予測精度を上げていくということも実務上は、もちろん課題にはなります。きょうご紹介したふたつのモデルの最初のマーケティングの課題ということに対してもう一回レビューしてみますと、まずひとつはですね、市場の変化、ダイナミズムというものをどこまで反映できているのかということで、ビールのモデルに関して言えば、これは2年ぐらいの中期のシェアの変化をある程度とらえることができているという意味では(?)をとらえていると言えるのではないかと思います。
 J-POPのほうはですね、これは発売後、J-POPの場合はだいたい2?3週間ぐらいで決着がつきますので、最初の4週か5週ぐらいの売上を予測することになりますので、そういう意味では非常に短期のモデルではありますが、そのなかでの変化の激しさみたいなことを考えると、非常にその変化をとらえているモデルではないかというふうに思います。

 限定合理性ということで言いますとですね、ビールのモデルのほうは、企業に関してはさらに盲目的な機械的な意思決定レベルで動いている、消費者に関しては単なる餌でしかないということで、限定合理性というより、かなり合理性がかなり乏しいですね。そう言っては何ですけれども。逆に、ビールのモデルで言えば、少し合理性はあり得るということが言えるかなと。一方、J-POPのモデルの場合は、企業というのは一応このモデルではまだ登場していません。消費者だけがいるんですが、消費者は満足化行動、口コミに基づく満足化行動を取っているという意味で、限定合理性自体をモデル化しているモデルだと思います。

 最後に消費者間の相互作用ですが、これはJ-POPのモデルは明示的にそれを取り上げたという意味で意義があるというふうに思います。

 最後にですね、これは蛇足と言いますか、余計な話かもしれませんが、私から見たですね、今後ABSを皆さんがお使いになっていく上での問題提起というようなことを話させていただきたいと思います。

 まず、ABSにはふたつの可能性があります。私はそのいずれも重要だと思っています。いずれにも興味があるんですが、ひとつはですね、まず従来の数学モデルではモデリングが難しいようなことをですね、このモデルを使ってモデル化して、理論的な考察を深めるということで、これはきょうの午前中のご発表ですとか、あるいはこれからのご発表は、この題に沿ったご研究だと思います。もうひとつは、私自身がきょうご紹介したような形で、データとの適合性というようなものを追求していって、実務的な意思決定に使えるようなものにする。これはふたつのABSの可能性だと思いますし、それぞれがまったく無関係ではないと思いますし、それをそれぞれにですね、進めていくべきだと思いますが、当然、お互いに求められるものが変わってくることはあると思います。

 今回のセミナーの主眼である構造計画さんのABSのようなツールが提供されて、だれでもモデルが作れる、モデルの民主主義、民主化という時代がやって来たというふうに思うんですけれども、ひとつはですね、これも同じようなことだと言われるかもしれませんが、どんなモデルでも作れるというのはですね、恣意的に、適当に作ったものでも一応何か結果が出てしまう、ということで、このへんは正直、余計なお世話ではあるんですが、少し危惧される面もないわけではない。ということで、ABSにおいてどういうモデルというのがいいのかという、モデルの評価基準というのはやっぱり考えるべきではないかと思っています。

 どういうものが望ましいのかというと、当然モデルは簡素でなければいけないということなんですが、ただ、今まで、それはなぜ簡素でなければいけないかというと、それはまずひとつは数学的に扱えるような形で簡素でなければいけないといいことがあると思います。ただ、ABSの場合は必ずしも解析的に解けなくてもかまわないわけですから、そういう意味での制約はない。ただ、別の意味で、じゃあ、なるべくいろんな要素を踏み込んでですね、プラスしていけばいいのかというと、そうではないということですね。ですからやはり、なるべくやっぱりパラメーターというのは、増やしていくとかですね、不必要なプラス化というのは避けるというような指針というのは必要だと思います。

 もうひとつは、きょうの私の発表とからむんですが、いろんな意味での実証性というか、経験的な要素を加味していく必要があると思います。ひとつは入り口での実証性というものがとりあえず必要になるんですけれども、まずABSのモデリングでですね、それぞれの、例えばエージェントの行動を設定する場合に、適当に作っちゃうというのは多いと思うんですけれども、できればなるべく過去のいろんな心理学的な実験ですとか、あるいはフィールドサーベイなどで経験的に実証されているような行動仮説をやはり使っていくということがやはり重要かなと思います。これについてはですね、よくパロアルト研究所で、計算経済学というか、コンピューテショナル・エコノミクスの権威者であるヒューバーマンという方が言っておられるのですが、計算経済学というものと実験経済学というものは非常にいいコンビにそういう意味ではなりうる、と。実験経済学が明らかにするいろんな消費者な限定合理性とかそういったものがですね、もちろんその、規範的な(?)経済学の裏付けがあるケースもありますけれども、そうではなくてやはり、規範的な経済学から見ると後戻りだと思えるようなことも出てくる、ただそれはもう例外として扱われているだけなんですが、このシミュレーションであれば、そういうふうに人間にが行動したときにマクロにどういう行動が出てくるのかというのは(?)、という意味では、こういうシミュレーションとですね、実験的な心理学な研究というのは並行して進むというのがやっぱり望ましいのではないかと。

 あともうひとつは出口の実証性ということで、モデルから出てきた結果とですね、実際の現実のデータがある(?)というのを作らなくてはいけないと。もちろんABSのモデルというのは中がある意味、ブラックボックスで、非常に、結果に合わせてパラメータを推定するという簡単なというか、一般的な検出方法(?)が今ありませんので、そう簡単なことじゃないんですけれども、いろいろ工夫をしてですね、ですから、先ほどパラメータが多すぎるとだめだということもこういうことに関係するんですけれども、パラメータを、制約だとか、パラメータの数を減らしてですね、データに合うように調整していくというようなことはやっぱり必要だろうというふうには思います。

 ということで、ちょっと変な終わり方をしてしまいましたけれど、最後に申し上げたことは一応、蛇足ということで、マーケティングの実務家の立場からですね、ABSというものがどういうふうに、ABSというものがどういう形で使われる可能性があるかということについてお話しさせていただきました。どうもありがとうございました。

【司会】

 ありがとうございました。たくさんのご質問があるかと思いますが、その時間は最後のパネル・ディスカッションのときにおとりいたしたいと思います。

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