「人工社会 −複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−」

出版記念セミナーの議事録

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【発表者と公演内容】

14:50 〜 16:20

 米国ブルッキングス研究所、Joshua M. Epstein

Photo of Mr.Epstein

 1951年生まれ。 76年Amherst大学卒業の後、81年マサチューセッツ工科大学大学院で博士号取得。プリンストン大学、ロックフェラー基金のフェロー等を経て、現在ブルッキングス研究所の主任研究員。サンタフェ研究所のメンバーでもある。 研究活動のほか、「Princeton Press Studies in Complexity」シリーズの編集や、プリンストン大学、 サンタフェ研究所のサマースクールにおける複雑系の講義などで活躍中。その著書には、Conventional Force Reductions: A Dynamic Assessment(Brookings, 1990)、Measuring Military Power(Princeton, 1984)、Non linear Dynamics, Mathematical biology、Social Science(Santa Fe Institute/ Addison-Wesley, forthcoming 1997)がある。

Topic: 「Agent-Based Computational Models and Generative Social Science」

 従来、社会科学の分野では、帰納法的また還元法的といったモデルを利用することで研究が進められてきた。そして、今、 今後の社会科学の発展に大きく貢献する可能性をもった手法がクローズアップされてきている。これが、いわば「生成的」(Generative)とでも名付けられるエージェントベースのコンピュータモデルである。この手法を用いることで、これまでの経験科学からは得られない知見を発見する可能もあろう。例えば、経済学の世界で言えば、個人の合理性を前提としたマクロ経済の均衡モデルに修正を余儀なくするかも知れない。 1996年にGrowing Artificial Societies『人工社会』を出版後の研究成果を含めて、マルチエージェントシミュレーションの米国での動向を解説する。

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【議事録】
 

【エプスタイン】

 収入のパレート分布を記述しました。右寄りに偏った収入の分布です。とても裕福なエージェントはわずかで、貧しくなるほどエージェントの数も増えるのです。決して鐘型じゃないのです。決して双峰型(バイモーダル)でもないのです。常に右向きに偏っています。この単純なsugarscapeモデルで、このような富の分布を作り出せるでしょうか。いいですか、エージェントは砂糖を収穫しながら走り回っているのです。砂糖を貯蓄し、さらに収穫するのが生き残るのです。だから発達を続ける富の分布があるのです。それは右寄りに偏ったものになるでしょうか。

 映像的にはこんな具合になります。前のと同じプログラムの実行ですが、今度は我々は富を追跡しています。我々は富を10個の富の箱に分けます。X軸は常に10個の富の箱です。最初、最も裕福なエージェントは30だけ持っています。この数はどんどん、どんどん大きくなっていきます。しかし間違えないでください。数が変化するのは最も大きく、裕福なエージェントがさらにますます裕福になっていくからです。さて、次に高さは箱の中のエージェントの数を表わします。では、これを実際に動かしてみて、エージェント間の分散的な相互作用から偏った分布が出てくるかどうかみてみましょう。

 どんな具合に進行しているかわかると思います。これは、サンタフェ研究所の何人かの研究者が「創発現象」と呼んでいるものです。これはエージェント間の純粋に局所的な相互作用によって誘発または発生させられた安定した巨視的なパターンです。これは現実のデータと比較できる結果として我々が得た最初の例のひとつです。発表の最後に、エージェントを使った経験的な社会科学の研究が行われている分野についてお話ししたいと思っています。

 しかし、ここで我々がやっているのは、「モデルにおいて生成しつつある巨視的な現象を観察している」と言えるような類の実験です。そして親(parent???)のところには、標準的な統計的手法によって得られた観察データがあることになります。そこで、一体何を作れるでしょうか。富のパレート分布は、早く実現でき、しかも、自信を与えてくれる例だと思います。その他の定性的な例としては単純な環境現象があります。単純なふたつの環境的要素からなる組み合わせです。

 では、景を北と南に分割してみましょう。そして季節を導入します。まず、50期間にわたって、北では花が咲き、南では干魃になります。その後、今度は逆になって、南では花が咲き、北では干魃になります。人口移動や環境難民が発生するかどうか見てください。これがランドスケープです。そして最初は、北で成長が速く、南では遅いのです。その後状況が反対になって、南で成長が速くなり、北では遅くなります。すると、群れて移動する行動や環境行動を観察できます。

 砂糖を巡る闘争を導入すると、こうした人口移動がエージェントの密度を急激に高め、資源を求めてのはるかに激しい競争を引き起こします。ですから、環境の悪化はこうしたプロセスを通して安全上の問題を発生させる可能性があると言えると思います。つまり、人口移動、資源を巡る激しい競争、そして紛争です。これはかなり明白だと思います。

 今までのところは繁殖や人口増加はありませんでした。飢餓による死はありましたが、繁殖はありませんでした。では、それを取り入れてみましょう。一対のプログラム実行をお見せしたいと思います。両方の実行過程において、人口増加と選択--ダーウィン的な淘汰が起こります。

 最初に、交配のルールを記述します。sugarscapeは非常に性的に乱れた世界です。そこでは、あなたは以前と同様、砂糖を探して飛び回り、ある場所に落ち着くと、近所にいるすべての異性と交配します。両者とも子どもを作れる年令、生殖可能年令でなければなりません。子どもに砂糖を与えて養っていくために多少の富を所有していなくてはなりません。そして、自由な(オープンな)場所がなければなりません。これらの条件がすべて満たされたならば、子孫を作るわけです。

 では、その子孫はどのような視力や代謝を持つべきでしょうか。それは視力や代謝の各属性についてメンデルの遺伝学の厳格なルールを適用して決定します。ふたつのいわゆる「対立遺伝子」があります。パパの視力とママの視力は視力座の対立遺伝子です。ママの代謝とパパの代謝は代謝座における対立遺伝子です。我々はこのそれぞれにつきコインを投げて、表が出たら子どもにママの遺伝子を、裏が出たらパパの遺伝子を与えます。こうして子どもの遺伝子型が出来上がります。これで、人口増加とともに視力と代謝についての選択が起こります。

 まず最初に、こうしたルールの下で視力がどのように進化するかを見てみましょう。最初の段階では、前にも言いましたように、視力はランダムです。ですから、なにか「メジアン」視力とでも言うべきものが存在します。つまり、半分はそれより上で半分はそれより下というような視力です。もしあなたの視力が最初のメジアンよりも上ならばあなたを赤く塗ります。もし下なら青く塗ります。そして、エージョントに交配させ、一過性の遺伝子を繁殖させます。

 さて、我々は高い視力のエージェントは低い視力のエージェントより優勢であることを期待します。そして人口が増加するとともに、高い視力のエージェントが選択上の優位性を持っているので、世界がだんだん赤くなっていくことを期待します。

 (今まで見てきたアニメはすべてCD-ROMになっていて、本と一緒に出版されています。全部で40ほどありますが、MacでもWindowsマシーンでも使えます。)

 こうして人口は増加し、ランドスケープ全体を満たすようになっていきます。エージェントの中には、端の方に追いやられるものもありますが、ランドスケープは、ダーウィンの理論を真面目に信ずる我々の期待通り、だんだん赤くなっていきます。今度は同じ操作を代謝についても行ってみましょう。最初はランダムです。そしてメジアンがあります。このメジアンより下ならば青、上ならば赤に塗ります。今度は、しかし、代謝が低い方が有利なわけです。ですからだんだん青くなっていくことが期待されます。実際そうなります。スピードを上げれば、当然ながらとても青くなります。これもダーウィンの理論通りに運びます。

 こういう状態になったところで、とても興味深い、学際的なゲームをすることができます。これは一種の「自然養育(nature-nurture)」ゲームだと言う人もいるかもしれません。社会の慣習は生物の進化にどんな影響を与えるでしょうか。我々が見てきたプログラムでは、エージェントが死ぬと、蓄積された砂糖は消失します。エージェントは子孫に富を残さないのです。このプログラムにおける社会で平均視力の変化を描いてみると、時間の経過とともに右上がりの曲線になります。

 では、もしエージェントが子どもたちに砂糖の富を残すようにしたら、この曲線にはどんな変化が起るでしょうか。この曲線を描いてみましょう。それは「遺産なし」曲線よりも下になるか、同じか、それとも上になるでしょうか。本の中で、例えば、このスポットを見るとわかるように、遺産があると平均視力の曲線は、遺産がない場合の曲線より下になるのです。それは、遺産--視力が悪いせいで本来淘汰されるはずのエージェントが、豊かな家庭に生まれたがゆえに淘汰されなくなるからです。こうしたエージェントは砂糖を相続し、遺伝子プールにとどまるのです。ですから遺産は淘汰を弱めるわけです。社会における適応度の増加速度を遅くするのです。これが自然の法則だと言っているわけではありません。このエージェントの初期状態も関係しているかもしれません。要するにエージェント・ベース・モデルによってこうしたタイプの問題を研究できるということなのです。これは経済学者や生物学者が取り組んでいない問題ですが、こうしたコンピュータ環境では容易に研究できるものです。

 まず遺産がある条件でプログラムを実行し、次に遺産がない条件で実行して結果を比較する。実際には、もちろん、両者をそれぞれ何度も実行して、比較分布を作るのです。大事なことは、このような問題は、こうしたコンピュータ環境にとって自然な問題だということです。

 さて、エージェントは動き回り、食べ、子孫を作り、遺伝子を伝えてきましたが、まだ闘ってはいません。そこで、エージェントの部族間における紛争の単純なモデルを導入してみましょう。部族間で紛争が起こるには、まず部族がなければなりません。では、部族を作ることができるでしょうか。赤と青のグループに分居させる単純な生成メカニズムを特定できるでしょうか。

 またもや、単純な生成メカニズムを作り上げるという考え方です。とても理想化されていますが、それでも興味深いものです。マーク・フェルドマンなどの研究に基づいた方法なのですが、彼等は「文化染色体」、あるいは「文化のストリング(cultural string)」というものを定義することによって遺伝学的な手法を取り入れて文化属性の伝達を研究しているのです。そしてこの「ストリング」は単純に0と1の連続体(string)と考えます。例えば、エージェントJは100101001というストリングを持っているという具合にです。エージェントKはまた別のストリングを持っているわけです。そして、最初これらはランダムなものです。そして単純に、1より0の数が多ければ赤く塗り、逆に1より0の方が多ければ青く塗ると決めます。

 人口増加とエージェントの相互作用があるので、ふたつの問題が出てきます。まず、子どもは最初どのようにして文化のアイデンティティーを獲得するのかという問題。これは「世代を超えた伝播」と呼ばれます。このストリング上のあらゆる位置についてコイン投げをして、表が出たらママの値(0か1)、裏が出たらパパの値を与えます。ママとパパがともにすべて0のストリングを持っていれば、子どももすべて0になります。しかし、0と1が混じっているならば、すべてのサイト(位置)についてコイン投げをして値を決め、子どもの最初の文化アイデンティティーが決定されます。

 この子どもがランドスケープの中を走り回りだすと、エージェントにぶつかります。エージェントが別のエージェントの隣にくると、彼は相手のランダム・タグを反転させて自分と同じにします。ボブ・アクセロン? (Bob Axelron???)は文化と言語の普及の研究でこの方法を使ってきました。我々もそれを同じやり方で使ってきました。これには多くのやり方があります。タグを交換することもできます。すべての隣人たちにそのエージェントを反転させることもできますし、エージェントに一人の隣人を反転させることもできます。一人ではなく三人を反転させることもできます。このゲームにはやり方が何百とあるのです。ただひとつの疑問は、それは空間的に分居した部族を作るのに十分かどうかということです。これが今我々が関心を持つ唯一のことです。では、実行してみましょう。

 これは、空間を取り去って、エージェントにランダムな相互作用を許すとマルコフ? (Markov???)ランダム・フィールドになるケースであることを言っておくべきだと思います。そして、ただ一色という吸収的な状態が常に存在することをきっちりと証明することができます。しかし、そのために空間が数学を複雑にしてしまうのです。またスピードアップしましょう。時間がかかりすぎます。

 この状態は特異な現われ方をします。長い期間にわたって、独立した部族がありますが、結局すべて青になっていったり、あるいは赤になったり、その混合になったりします。しかし、確かにこうしたダイナミクスを作り出すのです。

 これで部族ができました。砂糖なしで、部族間の争いをさせることができます。それで、まずランドスケープの色々な場所に青部族と赤部族を配して、砂糖を追い求める過程で衝突させ、この資源を巡って戦わせます。しかし、戦闘の仕方はたくさんあります。そのうち三つだけ紹介したいと思います。赤と青のふたつのエージェントがあると想像してください。赤いエージェントは自分が青いエージェントよりも大きく--より強く--そして、報復に出る可能性のある別の青いエージェントが存在しないならば青いエージェントを襲います。

 これにはふたつのモードがあります。そのひとつでは、捕食者は犠牲者がため込んだ砂糖をすべて奪います。このことからふたつの異なるタイプの結果が生じてきます。ひとつはおなじみの「さあスピードを上げよう」という結論です。一旦青いエージェントが赤の地域に進出し、勝利を得る度にため込まれた砂糖をすべて奪っていくと、この青いエージェントはすぐにものすごく巨大な存在になり、いかなる赤いエージェントにとっても戦闘で倒すことはまったく不可能になります。そうなると、この青いエージェントはすぐに赤に対する大量虐殺を始めます。しかも、この青いエージェントが赤に対する圧倒的な勝利を収めつつあると同時に、ランドスケープの別の場所では赤いエージェントが青を片っ端からなぎ倒しているかもしれないのです。これは民族浄化のケースでした。

 これは少数による独占です。青は赤の地域に浸透しましたが、赤も青の地域に浸透しました。そして、両者とも戦闘する度にすべてを奪っているので、どちらも相手を圧倒して去っていくのです。その結果は少数による独占です。ふたつの巨大な青エージェント(このケースでは)とひとつの巨大な赤エージェント。これは敵に勝ったら、相手の蓄積した富を根こそぎ奪うというケースです。

 では、勝利した場合に相手の砂糖全部ではなく、2単位のみを奪うということにしたらどうでしょう。このルールによってどのようなタイプの戦争が起こるでしょうか。それはもっと安定した持久戦になります。ベルダンやソンムでの戦闘(第一次大戦)のような、圧倒的勝利のない安定した戦線になります。そして、こういう状態が続きます。これが戦闘の場合です。我々は市民による暴力についてもっと高度な研究をしていますが、これについては後でお話しします。

 さて、話をもっと面白くするために、戦闘と文化の両方を対象にしましょう。最初の戦闘モード、つまり勝者が相手の砂糖を全部奪い、完全な制圧や少数独占をもたらすモードを使いながら、同時に文化への同化を許し、青の地域を席巻していく巨大な赤のエージェントが、その青の社会を破壊する前に、タグの反転によって青のエージェントに転換され得るようにしましょう。そして、集団防衛のモードとしての同化と戦闘の相互作用を観察しましょう。

 こうして、侵略者は社会を破壊する前に吸収されてしまうかもしれないわけです。ほら、赤いやつだ。見えましたか。もう一度見ましょう。赤いエージェントが入ってきますが、すべての青を殺す前に青エージェントに変えられてしまいます。前のプログラムでは、彼はすべての青を殺していたはずです。わかりますか。また起こりました。これを見ると侵入者が相手の文化に吸収されてしまうのがわかります。ですから、このモデルでは同化を集団防衛のひとつのあり方(モード)として研究することができます。

 ではこれらのモードすべてをオンの状態にしてみましょう。動き、繁殖、文化、そして戦闘です。そうして文明の単純な物語を作ってみましょう。まずランダムな青と赤のエージェントからなる薄いスープから始まります。彼等は山の頂上へと移住し、いくつかの純粋な独立した部族を作ります。しかし、人口増加の圧力が彼等を低地に追いやり、そこで彼等は別の部族と出会います。そして戦闘と同化が起こります。そして厚みのある歴史が形成されます。こうして我々はこの単純な物語を作り出すことができるわけです。彼等のうちの最も優秀な部分が頂上へ到達し、その他は死滅します。頂上では別の独立した部族へと分裂し、南に青、北に赤と分かれます。その後、人口が増加し、彼等は低地に流れていき、そこで別の部族に出会うわけです。

 この後、勢力の拡大や、青による支配のための活動や、赤による支配の波や、退却の時期などについて沢山の面白い物語を作り出すことができます。しかし我々の課題は、現実の文明の物語を紡ぎ出すことができるだろうかというものでした。これは、オックスフォード出版局から発行されたばかりの人工的なアナサジ・プロジェクトです。これはロブ・アクステルと私がサンタフェ研究所やアリゾナ州のツリー・リング・ラボラトリーの人達とおよそ5年間やってきたプロジェクトです。

 これは歴史をコンピュータで再現したもので、800年から1350年頃にかけて現在のアリゾナ州に住んでいた部族であるアナサジのいわば「トイ・ストーリー」です。彼等の環境についてのデータは、気候が乾燥しているおかげでよく保存されています。地下水面や表土やコーンの収穫可能量などを再現することができます。平方ヘクタール規模で地域全体に関して約1000年にもわたる膨大な環境記録が残っているわけです。すばらしいデータです。

 家族についても同じです。どこに住んでいたか、どのくらいの人数だったかというようなことを再現できるのです。だからアナサジに狙いを定めたのです。我々は実際の歴史をデジタル化し、実際のエージェントが800年頃に存在していた環境に人工のエージェントを置き、そこでシミュレートされた発展過程が、これら実際に生きていた人々の歴史と同じ結果になるようなルールを発見することができるだろうかという問題を設定してみました。アナサジ族に関する興味深い謎は、なぜ彼等が1350年代に忽然と姿を消したかということです。彼らの人口のダイナミクス、環境とのかかわり、そして不思議な消滅などを作り出すことができるでしょうか。

 ですから、我々がやってきた研究というのは--考古学上の大きな論争ですが--環境ルールだけで彼らの歴史を説明できるのか、それとも、戦争、疫病、その他の何かが彼らの消滅の原因となったのかということについてです。我々の研究ではこれまでのところ、ただ環境に関連する、例えばコーンや砂糖タイプのルールだけを使っています。こうしたルールは歴史的転換点、ダイナミクス、それに大きな衰退を捕えるのには役に立つのですが、実際に起こった絶滅はうまく説明できないのです。だから、最後の仕上げとしてこのモデルに何か付け加える必要があると感じています。

 しかし、大切な点は、このモデルが我々の問に答えたということではなく、私に言わせれば、エージェント・べースのモデルを使えばこの問について真面目な経験社会科学の研究ができるということです。田中さんがさっき言っていたように、仮説を作り、またそれを反駁することができます。そして、この問題について規律のある、科学的な対話をし、実際に起こった事の原因を解明する作業において成果を上げることができます。これこそがエージェントに関して私が強調したい最大の点です。つまり、エージェントは科学研究の真面目な道具であり、科学ではなく、単なる論争や厳密に科学的でない言葉や数字によって支配された分野に応用できるということです。

 経済学に関して、もっと劣った研究法のことをお話ししましょう。経済が、あるいは商売があるためには、第二の商品がなければなりません。砂糖を砂糖と交換してもしょうがないのです。それで第二の商品をランドスケープに導入し、それを「スパイス」と呼びます。

 ですからこれは「シュガー・スケープ」であり、また「スパイス・スケープ」です。そして、各々のサイトに「シュガー・スコア」と「スパイス・スコア」があります。各々のエージェントがふたつの代謝を持っています。つまり、ひとつは砂糖の代謝であり、もうひとつはスパイスの代謝です。彼等は、このうちのいずれか、砂糖かスパイスの保有高がマイナスになったとき死にます。行動のルールは以前と同じです。見える限りのサイトを調べて、最高のサイトへ行き、そこにあるものを食べるのです。

 しかし、砂糖とスパイスというふたつの商品がある場合、どこが最高のサイトになるでしょうか。経済学を攻撃しようとしているので、効用は以下のような関数で表わされるという経済学者の前提から出発します。あまり数学に深入りしたくないのですが、考え方としては、もしあなたが高い砂糖代謝を持っていれば砂糖値の高いサイトに価値を認め、高いスパイス代謝を持っていればスパイス値の高いサイトに価値を認めるということです。あるサイトの砂糖とスパイスの量をW1およびW2として、そのサイトでの消費から得られる幸福と効用は砂糖を何乗かしたものとスパイスを何乗かしたものとの積であるというのです。何乗するかは代謝率によって決まるのです。これは、もしあなたが砂糖をたくさん必要としていれば砂糖値の高いサイトに価値を置き、スパイスをたくさん必要としていればスパイス値の高いサイトに価値を置くということをかっこよく言ったにすぎません。

 エージェントがサイトの価値をこのように決める場合に、典型的なエージェントがどのように動き回るかを見てみましょう。これは黒いエージェントです。彼女は最初砂糖を食べており、次にスパイスを食べます。体内の砂糖が少なくなってきているので、「砂糖を補充しなきゃ」と言って、砂糖のサイトに走っていきます。そして、今度は砂糖を食べて、その結果体内のスパイスの量が減ってくると、効用関数が、「スパイスを補充した方がいいよ」と言うので、スパイスの所へ行きます。こういうサイクルを繰り返すわけです。

 本ではこの点についてもっと詳細に論じています。ここで言っておきたいことは、こうしたサイトに行ったとき、隣人と物を交換するのだということです。こうした交換は価格と関連づけることができ、社会における価格の分布を観察することができます。

 質問。スパイスの価格を砂糖で表わした場合、それはひとつに決まるでしょうか。つまり、このランドスケープにおいて出現する均衡価格があるでしょうか。これはとても中心的な問なのです。というのも、経済学の第一厚生定理では、均衡価格というものがあって、均衡状態における配分は効率的であるということになっているからです。配分はパレート最適であるのです。これは規制をなくせば効率が高くなるという議論です。市場に干渉しなければ唯一の価格が決まるというわけです。この均衡価格の下では配分は効率的で、市場はよく機能しているということになります。

 消費者の選好がこのように、つまり一生、固定されているなら、これは正しいということがわかります。価格は確かに収斂し、市場は効率的で、すべてがうまく機能します。市場がある解釈においてどのように機能するかをお見せしましょう。すべてのエージェントが結節点(ノード)で表されており、すべての線が交換取引を表します。そして、市場とは均衡価格を計算する一種の計算装置です。このニューラル・ネットワークが市場です。価格が均衡に向かうにつれ取引が少なくなるのがわかると思います。

 この本のもうひとつのポイント、この論文のもうひとつのポイントは、市場というのは計算装置だということです。それは分散した、平行な、同時性の計算装置です。コンピュータ科学によってこうした計算装置については多くのことが知られており、そうした知識を経済学に応用すればとても面白いかもしれません。

 特に、たとえ均衡が存在するとしても、それに達するまでに時間がかかりすぎて意味が薄くなるということがあるかもしれません。しかし、これはまた別の話題です。今考えてみたいことは、この固定した選好という標準的な前提を変えて、エージェントの選好が進化するように選好形成過程にタグの反転を導入したらどういう結果になるかということです。

 再び0と1の数字列を想像して、1の頻度が選好の一部を形成すると考えてください。もし1ばかりであったなら、そのエージェントは砂糖専門でスパイスには目もくれないということになります。逆に0ばかりなら、スパイス専門で砂糖に興味なしとなります。実際の世界では、人々は動き回り、選好も変化します。もしあなたが砂糖だけが食べられる場所に生まれて、その場所から去り、スパイスの好きな人々に出会うと、彼らは、「スパイスをちょっと試してごらん」と言うでしょう。それであなたはスパイスを試し、スパイスも好きになり、好みが進化するのです。

 しかし経済学ではこのことは考慮されないのです。経済学では選好は固定されています。進化する選好を導入すると、市場は均衡に向かわないということを言いたいのです。配分は効率的ではなくなります、第一の厚生定理は当て嵌まらなくなります。このような簡単な変更によって、規制がなければ効率が高くなるという議論が疑わしくなってくるのです。私はどちらが正しくて、どちらが間違っていると言っているのではありません。エージェント・ベースのモデルによって、伝統的なやり方をこんなふうに変えた場合にどうなるかを研究できると言っているのです。そして、これは学問の領域を越えて適応できるのです。文化は経済学にとって明らかに重要ですが、それを研究する方法が必要です。そしてこれがそのひとつの方法なのです。

 最後に、エージェント・モデリングの世界におけるsugarscape以外の適応事例をいくつか紹介したいと思います。そのうちのひとつは私の同僚であるロバート・アクステルが作り上げてきた企業のモデルです。経済学では企業は単に存在しています。企業というものが存在すると言うだけで、その行動についての疑わしい理論がありますが、なぜ企業が存在するかについての理論はありません。なぜ企業というものがあるのでしょうか。どのようにして発生したのでしょうか。企業の規模について度数分布を描くと平行四辺形?(パラログ)、つまり少数の大企業があり規模が小さくなるほど数が多いという偏った形になるのでしょうか。鐘型ではなく、パラログなのです。

 これをエージェント・ベースの企業モデルによって作り出すことはできるでしょうか。ロブはそれをやったのです。それはとても有望な論文です。これは本当の科学の経験的な応用の例です。これは本当の意味の科学的観察です。この本当の観察を生み出したのはエージェント・ベースのモデルです。我々はこうした分布をコモゴロフ・スミルノフ・テストと比べてみるのです。それで本物を作り出したかどうかがわかります。

 アナサジについてはお話ししました。私がジョン・スタインブラナーやマイルス・パーカーとブルッキングス研究所でやってきた市民の暴力についての研究は、アナサジのモデルがアナサジ部族に合わせて工夫されたようにルワンダに合わせて作ることのできる市民暴力のモデルを組み立てる試みなのです。このことに関する質の良いデータを持っている世銀などと協力しながらになると思いますが、こうした出来事の数学的再現をしようとするわけです。

 ロブと私はちょうど引退についてのモデルを発表したばかりです。これは引退の時期についてのモデルです。正しいデータを得るには、合理的なエージェントはほとんどいないこと、そしてほとんどのエージェントが自分の社会的なネットワークに含まれる他のエージェントのまねをするということを前提にするのが一番いいのです。これは模倣モデルを使って超合理的な前提から離れることを意味します。
 私はペイトン・ヤングとロブと共同で、階級の出現に関する論文を発表しました。なぜ経済階級は存在するのでしょう。また、階級はどれほど堅牢なものなのでしょうか。また、エージェントがこうした疑問に取り組むことを可能にしてくれます。

 犯罪。全く同じ経済的状況にある米国の地域社会が大きく異なる犯罪水準を持っていることがわかります。犯罪に対する経済学者の見方からすれば、経済状況が似ていれば犯罪発生率も同水準になるはずです。しかし、そうはなっていないのです。また、最も有効な方法は、「規範(ノーム)」が作用している、局所的な相互作用が働いている、ピア・ダイナミクスが機能している、最大化のみならずその他の社会的現実も役割を果たしているというようなことを認識することです。

 ロス・アラモスとサンタフェにはトランシムズと呼ばれる交通モデルがあり、ダラス・フォートワースの交通システム全体を構築して、ブリッジを架けたり、取ったりしたときに混雑にどのような変化があるかを研究しています。彼らは交通渋滞の統計的分布も作り出し、観察しました。

 ボブ・アクセロンは、「集団のランドスケープ理論」と題する優れた論文を書きました。これは第一次および第二次大戦前のヨーロッパにおける国家間の同盟地図(configurations)を作り出しています。
 商業的な応用も実際に広がっています。ロブと私はサンタフェ研究所から分社した「バイオス・グループ」という名前の、スチュワート・カウフマンが長を務める会社の一員です。我々はディズニーから依頼を受けて、テーマ・パーク運営の研究のための人工のディズニーランドを作り上げました。パークを1時間長く開けたり、歩道を1フィート広げたり、乗り物の時間を3秒短くするとどの程度パーク内を動く人の数を増やせるかを探る道具がなかったのです。どうやってこうした研究を準備しますか。我々はそのためにとても単純なディズニースケープを作ったのです。

 バイオスでは、ナスダック株式市場をモデル化する研究も行われてきました。ティック・サイズを8分の1、16分の1、32分の1とする代わりに少数点を使って表わしたどうなるかという問題だったのです。市場の不安定度は増すか、それとも減るだろうか。数学畑の人間なら、より連続性が増して、スムーズになるので不安定さは減ると答えたでしょう。実際には、より不安定になることがわかったのです。なぜなら裁定取引のチャンスが増えるからです。その結果、ナスダックは少数点に変えないことにしました。

 このように、経験的なものや、政策的なものや、商業的なものや、社会科学的なものなど、数々の応用例があるのです。このやり方は社会科学の新しい研究方法で、こうした他の分野において有効な応用が可能なものであるとだけ言って結論にしたいと思います。ご静聴ありがとうございました。

【司会】

 ありがとうございました。

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