「人工社会 −複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−」

出版記念セミナーの議事録

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【発表者と講演内容】

10:10 〜 10.50

野村マネージメント・スクール,遠藤 幸彦 様

 1957年生まれ。 80年東京大学教養学科卒業(国際関係論)。85年ワシントン大学ビジネススクール卒業(MBA)。80年野村総合研究所入社。日本および米国で証券アナリストに従事。90年から野村総合研究所資本市場調査部において、内外の金融制度、金融サービス企業の戦略調査を担当。97年から現職。

Photo of Mr.Endo

<著書・論文>

 Japanese Financial Markets, Woodhead Publishing, 1996(共著)

 Aging Societies: the Global Dimension, Brookings Institution Press, 1998(共著)

 『ウォール街のダイナミズム:米国証券業の軌跡』野村総合研究所、1999年

 「証券化の歴史的展開と経済的意義−米国を中心に−」『フィナンシャル・レビュー』第51号 大蔵省財政金融研究所、1999年6月

Topic: 「マルチエージェント:シミュレーションモデルの金融行動への応用」

 『人工社会』第4章を手がかりに、ABSを使って簡単な金融行動の再現を試み、そのインプリケーションを探ります。このような方法論の初心者でもこの程度のことができるという例としてお聞きいただければ幸いです。

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【議事録】

【司会】

続きまして、第2セッションに移らせていただきます。野村マネジメント・スクールの遠藤幸彦様でございます。「金融活動の場面への応用」ということでご発表いただきます。よろしくお願いいたします。

【遠藤】

 おはようございます。400年に1度という特異日に、システムハウスである構造計画がこのような、暇なというか、コンファレンスができるというのも、会社の自信のあらわれなのかと思います。朝から、気象衛星が誤動作を起こしているようですけれども。

 私はどちらかというと、きょうは先生方の前座的な役割で参りました。私自身、野村マネジメント・スクールというところで、別に教師をしているわけではなくて、海外のビジネススクールとの間で共同のプログラムをやっており、それのコーディネータをしております。その余暇に、金融に関する若干の調査等をしているということで、実際、マルチエージェント・シミュレータも、この『人工社会』というものの原著を読むまでは、ほとんど方法論として使ったことはございませんでした。ですから、きょうお話しすることは、モデルもつくれないような素人がこれだけのことができる、ということでお話を聞いていただければと思います。

 実際、このセミナーのダイレクトメールを受け取った野村證券の人間から電話がかかってきまして、どんなもうけ話ができるんだ、金融活動への応用というと、そういう話じゃないかということだったので、来るなと言いました。実際のところ、私は、実務家というには、やはり中途半端な人間ですので、かなりプリミティブな話になると思います。

 応用したのは、このお手元にございます『人工社会』という本の第4章に、いわゆる交易という概念が論議されて、その一部に、信用モデルというのがあります。翻訳書ベースでたった4ページにしかなっていないのですが、そこを若干拡張したり、いじくったりして、得られた知見をご紹介しようというものでございます。実際、もう既に金融活動でのマルチエージェント・シミュレータの利用というのは結構進んでおります。いろんなジャーナリストの書いた本などに、マーケット、例えば株式市場をシミュレートした例とかもございますし、資料にアドレスを示したMITのサイトなんかは、マルチエージェントを使ってかなり大規模にいろんな市場のシミュレーションをやっているということです。

 その下の、たまたま知っている方で例を挙げさせてもらいましたけれども、実務といいますか、例えば野村證券のようなお金もうけをする会社においても、マルチエージェント・シミュレータを使って、例えば市場の解析をしてみたりしています。ただ、その上司の方に伺いますと、これをどう使うかというのは、まだまだよくわからない。例えば、よく言われますが、バブルを発生させたり、パニックを起こしたりすることはできるのですけれども、それでどうするかというようなことは、これからの課題だということでございました。

 金融ということでお話をするわけですけれども、まず金融とは何かということについて、ご存じの方はたくさんいらっしゃると思いますが、ここでは、こういう意味で使うということを、限定させていただきたいと思います。いろんな切り方がありますが、ここでは、いわゆる機能的(ファンクショナル)に、6つに切り分ける。これはハーバード・ビジネススクールのロバート・マートン教授とかが進めている考え方ですけれども、まあ、6つぐらいのベーシックな機能がある。最初はいわゆる決済です。あるいは、資源をプールして、例えば家計の富を集合化、プーリングして、大規模なビジネスに投資するというような機能など、以下ずっとあるわけです。

 きょう、そのモデルを応用するのは、このうちの3番目の、異時点間(異なる時点)、あるいは異地点間、地理的に離れたところで、資源を移動する機能である。ご存じのように、重い硬貨を保有したり、お金を移動したりすることには非常に非効率が伴うので、それを金融というものは容易化するというような機能があるわけですね。

 それともう1つ、最後に書きましたけれども、情報の非対称性に基づくインセンティブの問題は、別に金融取引に限りませんが、例えば車だとか家庭用品を買うのと違って、基本的には、目に見えないものの売買ですし、さっき申し上げたように、異地点間の交易といったような側面もございますので、この問題が結構顕著に出て、そういうものに対処する仕組みというのも、金融で、例えば新しい契約形態とか、そういうもので対処してきたという議論です。そこにも若干触れたいと思います。

 まず基本的なモデルの説明といいますか、概略ですが、先ほどの服部さんのプレゼン資料の最後にカラーページが入っておりまして、いろいろな出力例とか入力例が出ておりましたけれども、その中のシュガースケープ型のモデルを使っております。基本的には、200のエージェント、アリと呼んでいますけれども、アリがシュガーという資源がサイトに分布している空間において移動する。エージェントの属性の中で、視力というのがありまして、その視力がエージェントによって異なって、見渡している範囲の中で、えさを捕獲しつつ、代謝して、消費して、子孫をつくっていくというようなモデルです。

 第4章では、最初はシュガーだけだったのですが、そこにスパイスというもう1つの財を入れて、それの交換というルールを導入して、エージェント同士がスパイスとシュガーを交換できるということで、交易というものを表現しているというわけです。その中に、信用を導入した部分がありまして、ここではまた、シュガーだけに戻りまして、そのかわり、エージェント同士が子孫をつくるときに限って、その貸し借りができる。つまり、エージェントが持っている砂糖を貸し借りをすることによって、子孫をつくるために必要な代謝を行えるというルールが入っています。

 まず、これ自体をどういうふうに見るかということで、1つシミュレーションしてみました。本来ですと、ABSを使って長い期間のモデルの変化をログでお示しするのが一番説得力があるとは思うのですが、私自身のパソコンの能力の問題もございまして、主にお見せするのは、この200という個体から始まったエージェントモデルの人口(ポピュレーション)数が、100ステップの後にどうなったかということの比較でお見せしたいと思います。100というのはかなり恣意的でございまして、本当はこの後に、何かが出てくるのかもしれません。とりあえずは、ここでは100ステップです。下に20と書いてあるのは、ログを5ステップずつとった関係で、勝手に20と表示されております。この太い線は、その200というポピュレーションがどうなったかということです。

 まず、金融というか、信用ルールを入れることによって、どれだけのメリットが出てくるかというのを示したものでございます。左側は、まず、条件がここだけ書いていなくて申しわけないのですが、ある種、極限の状態、つまり、えさの成長度が非常に小さい段階で、各エージェントの視力も最低である、あまり遠くも見渡せないという状況でスタートしました。人工社会のモデルには、相続ルールというのが入っていまして、貸し借りをしたら、例えば貸手のエージェントが死んでしまっても、その子孫はその債権を引き継ぐことができるというルールが入っているのですが、ここではそのルールもオフにしまして、子孫は相続できないというルールでやっております。余談ですけれども、非常に何か、こういうゲームというか、シミュレーションをしていると、神になったような気分になりまして、もう運命がわかっている中で、けなげにエージェントが動くのを見て、いろんなことを論じるというのも、何か不思議な気がいたします。

 左と右のグラフを見ていただくと、単純に言って、いわゆる信用を与えることのメリットといいますか、これは非常に極限的な状況ですので、先ほど申し上げましたように、砂糖という財を異なる時点間で交易する。あるいは、自分の視力では届かないようなところにある砂糖を、地理的に取り込むことができるという意味で、金融が役に立っているということがわかるかと思います。と言っても、たかが100ステップの途中の経過に過ぎませんけれども、これは人口増には一時的にせよ役立っているということがわかります。いわゆる交易のメリットが見えたという感じでございます。

 この第4章の信用の記述で非常に一番おもしろかったのは、貸し借りのエージェントが当然発生するわけですが、それ以外に、自分は貸手にもなり、借り手にもなるエージェント、ここでは両建てエージェントと書きましたけれども、両建てエージェントというのが発生いたします。しかも、これも第4章には書かれておりますけれども、信用のネットワークができまして、大体最大5層ぐらいのネットワークができる。つまり、例えば両建てエージェント同士で貸し借りをし、さらに、そこから最終的な借り手なり貸手がいるというような連鎖が生じるということが、非常におもしろいところでございます。

 我々だって、銀行に預金をし、住宅ローンを借りるということがありますので、これを特別視する必要はないのかもしれませんけれども、あえて、ここではこの両建てエージェントというのは、金融機関的なエージェントというふうに呼んでみたいなと思っています。先ほどの信用ネットワークもある種のインターバンク・マーケットと呼べるかもしれません。貸し借りは実は同じレートで行っておりますので、いわゆる普通の銀行のように、借りたレートと貸したレートの差で、いわゆるスプレッドでもうけていく。つまり、それを生活の糧にできるような状況ではございませんが、借りるタイミングと貸すタイミングがずれる。その結果両建てという状態が生じる。そのことは、ビジネスの用語で言えば、キャッシュフロー的にメリットを受けることがあるわけです。

 これは、先ほどお見せしました右側のグラフの100ステップのちょうど真ん中で、スナップショットを撮ったものでございます。本来は、もっと方法論的に詰めないといけないのですけれども、これを一瞥して、いわゆる両建てエージェント、ここではブルーなのですが、これがどういうところに分布しているのかなというのを見ますと、グリーンとブルーがちょっとまざっておりまして、見にくいかと思いますが、例えば便利さといいますか、貸し借りの便利な位置にいるように見える。これはもっと精緻に解析しないと本当ははっきりしませんが、両建てのエージェントが固まって見られるようなことがよく起こります。ちょうど金融街というのが都市にあるように。

 実際に、イギリスに『エコノミスト』という雑誌がございますが、1870年ぐらいに、そこの編集長が、『ロンバート・ストリート』という本を書いています。イギリスにおける個人銀行の起源というのを書いているのです。そこで、彼が記述している個人銀行というのはどうやって生まれたのかというと、富やインテグティ、あるいは能力というものをよく備えた紳士が、近所の人から信頼されてお金を託される。この信頼というのは、全くパーソナルなものであるということです。つまり、現代においては、預金保険だとか免許だとかという形で、信用というものを銀行に与えているわけです。でも昔は、ピュアな個人の信用であった。もちろんこのモデルには信用というか、レピテーションという意味の評判というものは全く含んでいません。つまり、あるエージェントが他のエージェントに貸すときに、借り手が意図的に貸倒れるかもしれないとか、貸倒れる可能性があるということを懸念するというような要素は全く含んでいないわけですけれども、それでも両建てエージェントが生まれてくるというところが1つの興味深いところです。金融機関の関係では、もう一度後で再考させていただきます。

 この左側のグラフは、先ほどの限界状況でのシミュレーションでございますが、えさの成長度と視力を変えたものが右側でございます。成長経済に変えました。ですから、左側の限界状況で金融がもたらすメリットというのは非常に限られておりまして、一時的にエージェントのポピュレーションがふえるだけです。当然のことながら、経済資源が少ない中ですので、貸倒れがたくさん起こって、貸しているエージェントもその損失でだめになっていく。いわば不良債権問題が起こるわけです。しかし、経済がある程度成長し、各エージェントの能力、ここでは視力ですが、も高い場合には起こらないというのが右側です。

 次に、このモデルに若干の修正を加えました。もともとのモデルは、信用を与える基準として、エージェントの所得というものを考えております。現在、ある時点におけるエージェントが得られている所得から、その生存に必要な代謝量をマイナスして、それが信用に足る基準だろうというもので判断する。それで、与信できれば、お金というか、資源を渡すというルールでございます。ここに別のルールを入れます。別のルールというか、代替的な信用・与信基準といいますか、代理変数として視力というものを使います。つまり、あるエージェントの生存能力は、遠くを見渡して、資源があるところへ移動できればできるほど能力が高いということで、非常に単純な審査基準ですけれども、視力というものを用いて、相手の信用力というものを判断していく。

 このルールを入れる主たる理由は、計算負荷を下げるということなのですが、それ以外にも、いろんな意味でおもしろいところがあります。1つの横道にそれるような議論でございますけれども、いわゆる左側にあります所得基準というのは、ある種、今現在、そのエージェントがどれだけ持っているかということを判断しているという意味で、よく日本の金融機関の与信基準は担保主義であるといわれます。例えば土地を持っていると、その土地の評価でお金を渡してくれるけど、土地のような担保がないと、なかなか借りられないという話です。一方、視力基準というのは、その人の能力といいますか、つまり将来性にかけるようなところがあるわけです。もちろん、それが多くの所得をもたらすという意味で、ある種、キャッシュフローといいますか、あるビジネスの将来のキャッシュフローを予測するような基準というふうに言えないこともない。

 ここでは、一応グラフの下にルールを書きましたけれども、えさの成長度が先と同じ2で、最大視力が8というエージェントが存在する。相続ルールもオンにして、右側は視力基準としてそのうち、視力が4以上のエージェントには貸すことができるということでやったものでございます。これは、たまたま視力基準のほうがより、人口がふえるというケースになっております。ここで申し上げたいのは、いわゆる日本の銀行の担保主義はいかんとか、そういう議論ではございませんで、いろいろなケースでやってみますと、所得基準と視力基準で、人口の増加のぐあいとかが、かなり異なります。ですから、考えてみれば当然のことですけれども、与信基準といったようなものも、経済環境などにあわせていろいろ考えられないといけないのかもしれないということです。

 例えば所得基準というのは、たまたまある時点における所得が、その基準を超えていれば、当然借りることができるわけです。逆に視力基準というのも、たまたまといいますか、逆に、今現在の資産がほとんどないにもかかわらず、視力が高いというだけで借りられるということになりますので、いわゆる貸倒れの発生というのは、どちらにも十分起こり得る話です。

 このシミュレータは、別に人口増だけを見るものではございません。先ほど見せましたようなエージェントの分布だとか、その他、いろいろな情報を取ることができます。ですから、そもそもこうやっていって、例えばこのケースにおいては、その信用基準のほうが人口がふえたと言って、それが一体何なんだということは、若干考えていく必要があると思いますが。ただ、情報を処理する側の認知能力の限界というものもございますのでとりあえずは、人口を代表値として使って以下も議論をさせていただきたいと思います。

 次は、先ほどは最大視力が8で、そのうちの4以上のという、これは全く恣意的な与信基準をもうけたわけですが、これを動かしてみる。与信基準というものを動かしてみると、どういう結果になるだろうか。えさが成長している状況ですと、与信基準は視力ゼロで、つまりどのエージェントにも貸すというふうにしますと、人口はかなり増える。一方、当然のことかもしれませんが、与信基準を視力6と、最大視力8の中6以上にしか貸さないとなれば、先ほどよりも減る。そういうような状況になるわけです。

 ただ、これは、経済環境等によって当然変わります。ここが非常におもしろかった点なのですが、例えば次のスライドを見ていただくと、今度は、えさの成長度を最低にします。それから、相続もなしという、先ほどの極限状態に近い、ただし、視力は高いエージェントも存在するという形で、左から、視力基準がゼロ、つまりだれにでも貸す場合、それから真ん中がちょうど最大視力の半分のエージェントに貸す場合、それから右側は視力6をカットオフポイントにした場合でございます。いろんなことが言えるかと思うのですが、必ずしもだれにでも貸せば人口はふえるわけではないということが明らかになります。特に、左側、視力ゼロ、だれにでも貸していると、ステップの最後のほうにおいて、貸手の数が非常に減っている。貸倒れが起こって、人口がふえなくなるというようなことがあるわけです。

 ですから、このレベルの原始的なシミュレーションを実務に応用するというわけにはいかないのでしょうけれども、1つの可能性としては、例えばある金融機関が、例えば与信基準というものを変更するという場合に、例えば経済変数とか何とかを考えながら、今、どういうところが最適なレベルなのかを考える。よく貸し渋り等で批判されるというようなことがございます。不良債権がたくさんあるときに、どうしても審査基準では厳しくなるわけですが、その結果、商工ローンだの何だのという議論になるわけです。例えば、もうちょっと精密なシミュレータを使って、ある種の与信基準のバーンを上げ下げする。そういうものを使って判断するということは、可能なのではないかという感じがいたしました。

 以上は、貸手と借り手の間が、全く完全な情報といいますか、少なくとも借り手については、貸手の状態がすべて性格にわかって、例えば視力についても、相手のエージェントの視力が6であれば、その6という情報について貸手もわかる。それをベースに判断するということでここまできております。次は、その条件を変えてみることにします。よくアカロフの「レモン論文」以降、情報の非対称性、具体的に言うと、経済学とか金融の世界では、特に情報の非対称性がもたらすインセンティブ問題、例えばモラルハザードだとか、逆選択だとか、それがもたらす資源配分へのゆがみの影響についてよく議論されます。とりあえず、ここでは単純に、この情報の非対称性という現象を入れたものだけでございます。

 要は、貸手は、借り手の視力について、期待値としては正確だけれども、ある偏差を持って間違えるというルールを入れました。でも、これは非常に荒っぽいやり方もしれませんが、右のグラフは、この誤差が±2という場合です。一応最大視力が8で、与信基準は4、つまり視力4で、切るわけですが、あるエージェントの返済能力(ここでは視力)を判断するときに、上下2の範囲で間違えてしまう。間違えた結果、貸してしまう、あるいは貸さないということが起こり得るという可能性を入れたものでございます。ですから、ここには全くインセンティブだとか、シグナル効果のような、情報の非対称性の効果を議論する際に用いられる説明はモデルに組み込まれておりません。でも、ここで起こることも、別に経済学等が教えるところと変わらないわけですけれども、審査誤差があると、人口増の幅が減る。ただ、これの誤差をいろいろ動かしてみますと、必ずしもそうも言えないところもありまして、実際に非対称性のゆがみというのが、どういうところから生じてくるのかというのは、日頃議論されている以上にもう少し精密に考える必要があるような気がいたします。

 実際のところ、情報の非対称性というと、すぐにどうしても、例えば金融の世界においては、借り手は自分のことがわかる、貸手はわからないという状況で話が進むわけです。ですから、例えば極端な例で言えば、あるプロジェクトについて、お金を借りたい、貸したいというときに、借り手のほうは、このプロジェクトが成功しないということを知っているというような仮定をおいたりするわけです。もちろん、最初からだまそうというような場合、あるいは、概念的に言えば、それと区別する必要はないのかもしれませんが、そういう前提を置くということ自体、実務的に言えば、非常に違和感があります。そもそもある確立でといいますか、失敗することがわかっているプロジェクトで、金を借りにいくだろうかということです。

 ただ、このモデルは、借り手のエージェントも、自分の視力について、正確な知識を持っている必要はないわけです。つまり、もちろん本当の融資の際には生じる具体的な貸し手と借り手の間のコミュニケーションのような高度なものは何も入っていないわけで、単純な視力という情報だけです。ここでは一切、借り手は自分の視力について何らのシグナル、つまり誤ったシグナル等は発生しない。勝手に貸手が間違えるという前提でいっているわけです。そういう中で見てみると、非対称性というのは、いろいろなケースをもたらすわけですけれども、それを仕分けしていくのにもシミュレーションが役に立つかもしれないなという感じがいたします。

 ここでは、実際に非対称性といいますか、審査誤差を入れたときに、なぜエージェントの数が減るのか、あるいは正確に言うと人口の増加幅が低くなるのかというのを、右側のグラフのようなものを出してみて見ますと、借り手が、例えば地理的なロケーションで、変なところにいて、結局、死に絶えてしまうという理由で死ぬわけです。もっとおもしろいのは、貸手の位置がかなりバラける。先ほど金融街なんて極端な言い方をしましたけれども、それよりも突拍子もないようなところにいるエージェントが、結構両建てで貸したりしています。その意味で、本来貸すべきでないようなエージェントが貸しているような感じを受けました。本当は、これはちゃんと解析しなければいけない。というのは、ルールには、全くそういうことは入る余地がないですね。つまり、自分の資源というものを判断して出しているという。もちろん、将来性とかを配慮していないわけですから、ある時点で十分な資源さえ持っていれば貸してしまうわけですけれども、いわゆる先ほど申し上げたようなインターバンク・マーケットのような効率性をもたらすようなものが、若干不鮮明になっているというようなことが言えると思います。当然これは、もう少し厳密に調べるべきことですけれども。

 次は、情報の非対称性が存在する中で、今まではエージェントに全く均一の審査能力、あるいは審査誤差を持つ能力を与えていたのですが、あるエージェントに、これは先天的にですが、一定の割合で、全体のパラメータよりもすぐれた審査能力を持つエージェントを発生させて、それが非対称性の問題をどれだけ緩和するのだろうということをやってみたものがこれです。いろんな数字でやってみていますが、当然その比率が高くなれば、審査能力は平均的によくなるわけですから、改善するのは当然なのですけれども、例えば人口の10%ぐらい審査能力のすぐれたエージェントを入れますと、事態はかなり改善されます。左側はポピュレーションの数ですが、全員が全く審査誤差がないという場合と、ほとんど変わらないくらいの人口には回復したということが見えてきます。

 しかも、ちょっと見づらいのですが、下のほうに、この中で、要は、両建ての中で、しかも審査能力のすぐれているもの、エージェントの数を入れますと、100ステップのうち後半のところでは、かなり数はふえる。つまり、当初200のエージェントのうちの10%ですから、20ぐらいのエージェントです。それが100ステップぐらいやっていくと、だんだん効率をもたらすといいますか、そういうエージェントが活躍を始めるというような様子が見えてきます。ですから、先ほどは両建てのエージェントをすべて金融機関と呼んだのですが、実際のところは、やっぱり審査能力というのが社会全体の平均よりもかなりすぐれているというのが、審査能力を持つ金融機関ということであり、かつ、それが機能すれば、社会的な効率が改善するのではないかというようなことが出てきます。

 今まで申し上げたことは、単純に、金融論等で論じられてきたことをABSを使ってフォローしてきただけでございます。本当はこれからが一番大事なところなのですが、きょうご報告できるところは、この程度ということで、今後の展開を少しご紹介しておきたいと思います。今のエージェントは、非常にけなげに貸倒れが起ころうが何しようが、また次に貸手と借り手の交渉が行われるときには、また同じルールに基づいて貸し借りをするということですが、本来は当然、学習という問題があると思います。それから、もっと大事なのは、非対称性というような議論をするときに、いわゆるモラルハザード等のインセンティブの問題というのをどう取り入れていくかというのが1つあります。

 例えば、金融パニックみたいなものをある程度シミュレーションする。それに対して、例えば預金保険でも、ペイオフのない状態というものをつくって、全額守るセーフティネットを与えると金融パニックは起こらないのです。落ち着いているわけですけれども、非常に社会的なコストが大きい。モラルハザード等の問題が起こる。具体的には、例えば金融機関の経営者が、預金者のお金が全額保護されるのであれば、リスキーなことをするかもしれないし、預金者もまともにモニターをすることをしなくなるという問題が起こるわけです。ですから、全く完全に保護するというようなセーフティネットの存在というのは、あまり社会的にも望ましいものではない。

 これがどの程度であればいいのか。もちろん、昭和の金融恐慌以降、社会実験はできない。つまり、金融パニックが起きたときにどうするかという問題は、絶対に実験といいますか、賭けはできないというのが、今までの金融当局の議論だったわけですけれども、ABSを使ってある種の「実験」手段が得られるのではないかと思います。例えばどういう組み合わせが最も望ましいのかについての試算というのは、得られるのではないかと思います。

 それが1つ、今の資源の配分・移転機能の延長で考えられることでございますし、また最初にお見せしましたように、その他の機能、例えばリスクの移転というのも金融にとっては非常に大事です。特に派生証券、いわゆるデリバティブ等の担っている機能というのは、そこにあるわけですね。実際に、デリバティブの価格のモデルなんかに、このエージェント・ベースのシミュレーションを使っているような研究もあるようですけれども、そちらでも、非常にこういうベーシックな機能の検証とか、新しい知見というのは得られるような気がいたします。

 非常に簡単でございますが、以上で終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)

 


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