「人工社会 −複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−」

出版記念セミナーの議事録

Back

【発表者と公演内容】

セッション終了後

 パネルディスカッション

Photo of disucussion 

参加講師陣にてパネルディスカッションを行いました。

 

【議事録】
 

【司会】

  この後、パネルディスカッションの中で、今の基調講演に対するほかの講師の方々のご意見、あるいは会場の方々のご意見を含めて、ディスカッションを行いたいと思いますので、このままパネルディスカッションのほうに移らせていただきたいと思います。前のほうに、パネラーの方々の席をつくらせていただきますので、若干お時間をください。

【田中】

 エプスタインさんのこの『人工社会』という本と、それから彼の業績に代表されるような取り組みというのは、大げさに言うと、社会科学の方法論における革命をもたらすアプローチだと思います。革命が大げさだとしても、少なくとも控え目に言って、これまでのさまざまなアプローチと比較対称できるくらいの違うタイプのアプローチを提唱しているということが言えると思います。これは、先ほどのプレゼンテーションでもお話になりましたけれども、あまり強調されなかったわけですが、通例、社会科学のこれまでのアプローチというのは、帰納的な方法(インダクティブ・メソド)、あるいは、ディダクティブ・メソド(演繹的な方法)、2つあるわけですけれども、ここで、エプスタインさんの本に代表される流れは、彼がきょう言ったようなジェネラティブ・メソド(生成的な方法)ということを提唱してるわけですね。

 説明とは何かといったときに、帰納する、インダクティブな方法というのは、たくさんデータを集めてきて、そのデータを眺めているところから何か一般的な傾向を導き出そうというやり方ですね。それから、ディダクティブな方法というのは、何か公理というようなものを自分で考えて、そこから論理で展開していくという話ですが、この両方は、普通の社会科学をやっていて当たり前だというふうに思うわけですけれども、このインダクティブ・メソドもディダクティブ・メソドも、実は非常に大きな限界があります。

  ですから、インダクティブといったって、データを見ているだけでは、実際はそれがどういうことを意味しているのかよくわからないわけです。ディダクティブといっても、人間の頭で演繹できる原点には限りがあって、数学で解析できる限界までしかいかないわけです。それ以上はわからない。

 そうすると、ここのところで、ジェネラティブな方法というのは、一見すると、人によってはややうさん臭い。何だ、そんなもの、つくっただけじゃないかという感じがするわけですけれども、先ほど彼が言ったように、説明するということは、それと同じような、似たような現象をつくり出せるかどうか。つくり出せれば、少なくともそれは1つの説明としての候補たり得る。これは、インダクティブなエクスタネーション、ディダクティブなエクスタネーションについては、我々はそれを聞くと、ああ、なるほどと思うカルチャーが身についていますけれども、真剣に考えてみれば、どうして統計的にビブレッション(回帰)ができると説明だというふうにすぐに思うのか。どうして、公理から導いた式がそれなりにきれいに見えると説明だと思うのかというのが、やや微妙なところだと思うのですね。

 ですから、少なくとも、私どもが観察する現象と似たようなものがつくれる。つくれれば、それなりに説明であるというジェネラティブな方法というのを社会科学に導入するということは、大げさに言えば革命的であり、控え目に言っても他の社会科学者を謙虚にさせる効果があるというふうに思いまして、本日の『人工社会』の出版も大変歓迎すべきことですし、本日のご講演も大変基調なものだというふうに思います。

【山影】

 ありがとうございました。続いて、水野さん、お願いいたします。

【水野】

 私は、確かに『人工社会』の本を呼んだときに、やはり非常に感銘を受けましたし、今、田中先生がおっしゃった革命という意味もわかるのですが、革命にちょっとついていけない部分も少し抱えていて、古いやり方というか、そういうものと新しいやり方の間に、何かピッチをかけていきたいと思っています。

 というのは、1つはモデルと一般性というようなことをよく指摘されることがあるのですが、一般的なモデルというのは何だろうか。例えば、経済学でモデルの一般性と言われる場合は、恐らくパラメータ、例えば経済学者というか、今、田中先生がおっしゃった演繹的なモデルをやっている人から見れば、パラメータにあまり、0.3とか0.7とか、決めるのではなくて、広い空間の中でパラメータが提起されていて、特に特定の数字ということではなくて、やはりゼロ、やはり非負の任意の数であるというふうな形になっていれば一般的というふうに言われる。むしろ、そのモデルで仮定している行動仮説のようなところに関して、一般的なことはあまり問われなくて、そういうふうに仮定しておいたほうが、数学的に扱いやすいということで肯定される。ないしは、過去の研究者がみんなそのモデルを使ってきたからというので、肯定されるということになります。

 最近、新しくできた限定合理性をベースにしたシミュレーションモデルなどは、当然、行動仮説の部分にもっと一般性を持たせようと。一般性のことは難しいのですが、非常にハイパーナショナルというか、あるいはオムニサイエンスが企業、消費者というのは一般的ではないということで、そこに、もう少し経験的な事実に基づく限定合理的な形式を入れるんですが、ただ、シミュレーションをしようと思うと、何かパラメータの数を決めなければいけませんし、エージェントの数も決めなければいけませんし、きょうのようなセルラー・オートマトン型のモデルだと、セルの数も決めなきゃいけない。それは二次元だと認める。そういう形で、やっぱり何らかの制約がかけられてくる。

 今度、伝統的な経済学者や数理モデルをやっている人から見ると、そちらが一般性を欠いている、おまえが言っているのは、たまたまある数値からきていることで、パラメータをちょっと変えたら違うかもしれない。つまり、特にあなたがやっているのは変形モデルだろう。とすると、パラメータの組み合わせ如何では、あなたの言っている結果は、全然一般性を持たないのではないかと。そういう指摘に対して、私もまだちょっと十分答え切れていないわけです。

 そこで、少し妥協的かもしれませんが、パラメータというのをなるべく帰納法的に決めるようなアプローチというのも、多少妥協案かもしれませんが、必要なのではないかということで、人々のエージェントのルールを決めるに当たって、あるいは最終的に出てきたアウトプットと現実のデータを適合させる上でも、経験的なやり方で、パラメータを決めるということをとりあえず考えているわけですが、ただ、それはちょっとおもしろみに欠けるのではないか。せっかく革命というふうに盛り上がっているところで、古いアプローチに引き戻すようなきらいもないわけではない。

 いずれにしても、私はちょっとこれはまだ結論を出しているわけではないので、きょうのディスカッションで、いろんな示唆が得られると思っております。

【ヤマカゲ】

 新宅さん、お待たせしました。

【新宅】

 私は特に経営学を専門にしておりまして、組織行動、特に企業の行動にかかわる研究をずっとやってきたわけです。その中で、今、社会科学における方法論のお話が出てきたわけですけれども、私の周辺のところで、言いますと、方法として2つアプローチがありまして、1つは、理論的に仮説を立てて、それをクロスセンチュナルなタイドウサンプルデータで、統計的な検証をしましょうというやり方のアプローチが1つ。もう1つは、むしろ、新しい仮説を非常にインテンシブな観察、ケーススタディから引き出して、むしろ仮説を検証する、テストするというのが、仮説をつくり出していこうというアプローチがありまして、今は、この2つのアプローチが、片方で仮説をつくり、片方で仮説を検証するというインタラクティブな関係が少し生まれつつあるという状況になります。その中で、シミュレーションによるアプローチというのを、やっぱりどういうふうに位置づけていくかということは、非常にまだ私自身よくわからないことで、ぜひ、エプスタイン先生のご意見を伺いたいというように思っています。

 そのときに1つお伺いしたいのは、例えば私は必ずしも経済学の専門家ではないのですが、経済学に近いところにいます。その中で伝統的な経済学に対する批判というのは幾つかあるわけですけれども、一番大きな批判というのは、理論モデルをつくっていったときの内的な妥当性、インターナルバリディティというのも、インターナルバリディティではなくて、イクスターナルバリディティ、つまり、そもそも仮説が説明しようとしていることと一致していないじゃないか。そんな仮説は今や成り立たないのだよというたぐいの批判の動きがあるんです。内的には非常に精緻化されたモデルをそれなりにつくってきたわけですね。

 それを、これから進めていこうとするマルチエージェント・シミュレーションという方法でやっていったときに、同じような問題がやっぱり出てくるんじゃないか。今、水野さんがおっしゃいましたけれども、人によってはこれは本当かなという感じをやっぱり受けるわけで、特にこれを社会の制度設計に対する示唆として使いましょう。あるいは、企業の組織設計に対するインプリケーションとして、その結論を利用していこうということになると、何かこのアプローチに対するイクスターナルバリディティを保証する何らかの基準みたいなものが、必要になってくるのではないかというふうに考えるわけです。これが第1点です。

 それから、第2点はちょっと今まで出てきたのとは違う点なのですが、これはちょっと私の個人的な質問なんですけれども、マルチエージェント・シミュレーションの中で出てくるエージェントの特に相互作用といったものについて、エージェント間の学習効果というようなものをどうやって取り込んだらいいのだろうかということです。エージェント間の相互作用、あるいは経済的な外部効果というのは、いろんな形で入ってくるわけですけれども、実際に、プロセスで相互にエージェント間が学習していくというようなモデルというのが、多分私がやっております組織の中のメンバーの、結局は結果としての組織コードのあり方というものを考えるときに、非常に大きな要因だと思っているのですが、そういうラーニング・プロセスというのをどういうふうに取り込めるか、あるいは、実際にもう取り込んだものがこういう形で概念的にはあるんだということがあれば、ちょっと教えていただきたいというふうに考えております。
 以上です。

【山影】

 ありがとうございました。たまたまですけれども、皆さん、左側から、実務家に近い方、研究者、実務家に近い方、研究者という順番に並んでいますし、出てきた意見、あるいは見方は、マルチエージェント・シミュレーション内部で抱えている問題、あるいはそれが他の従来の研究方法論、あるいは外の世界とどのようにかかわりを持つのかということで、縦、横、幾つかのタイプの意見が出てきたと思いますが、それぞれに質問があるということで、エプスタインさんは、このマルチエージェント・シミュレーションのリーダー的な存在でいらっしゃるわけですけれども、こうして、同じような問題意識を持った日本の実務家や研究者の質問や意見を午前中からずっとお聞きになって、どういうふうにレスポンスなさるのか伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。

【エプスタイン】

 最初に、sugarscapeは初期のモデルであり、我々が何らかの現象の経験論的な研究として提出したものではないと申し上げたいと思います。お話ししたような最近の研究、例えば、会社の進化や、アナサジや、引退の研究や、階級の研究や、犯罪や交通に関する研究などはすべて水野さんが「旧式」とおっしゃる類のものです。私もそう思います。それは旧式の科学です。あなたはこう言っています。「これが観察された世界です。これが会社の規模の実際の分布です。これをエージェント・ベースのモデルで作り出せますか」と。あなたはすでに説明したのです。あなたが適用した個々の行動のルールが観察された統計や統計的な分布を作り出したならば、田中さんが言うように、ひとつの候補を出したことになります。

 同じ分布を作り出す複数のミクロな記述(specifications)をあなたが持っているということもあり得ます。その場合はどちらの仮説がベストかを決める必要があります。それをするには、多くの経済学者がしているように、実際の人間がどのように行動するかを調べる実験を組み立てます。カリフォルニア工科大学のコリン・カムラー?(Colin Kamurer???)やスタンフォードのダニー・コニマン?(Danny Coniman???)やその他の心理学者がこうした研究をしてきています。「経済学のどこが悪いんだ」とあなたは言うかもしれません。経済学の欠陥のひとつは、例えば、人間は期待される効用を最大にするように行動するとか、人間は、多かれ少なかれ、普遍的に行動するというような前提の正しさが、人間に関する実験室での実験によって示されていないということです。公理的な効用理論の最も基本的な前提は実験室ではあてにならないのです。そしてこのことは、ロー?(Raw???)やコニマンやタイラー?(Thayler???)やカムラー?(Kamurer???)らによって相当広範囲にわたって記録されています。今や、基本的なミクロ経済的前提に疑いを抱かせる膨大な量の文書があります。「その理論で予想ができる限り、そんなことは気にしない」とあなたは言うかもしれません。しかし、その予想はあまり正確なものではありませんし、ミクロのレベルでは多いに疑われています。私には、経済学者が反省すべきだと思われます。

 水野さんの意見に賛成ですが、結局我々は旧式の科学をしているのだということです。しかし、本当の問題は、説明とは何だろうということです。私が説明と言う場合、それは、シアン?(Sean???)やその他の人々が話していたような生成的なミクロ・メカニズムを意味します。私は、このミクロ・メカニズムが個々の人間について我々が知っていることと一致して欲しいのです。そして、個々の人間について我々が知っていることは、彼等は完全に情報に通じているわけでもないし、常に合理的なわけでもないということですが、データがそれを決めるでしょう。ディベートによって決まるのではないのです。最良のモデルは最も良く現実に適合します。だれかがもっと良いモデルを作りたいというならば、それは構いませんが、しかしそれを決めるのはデータであって、我々の意見や考えることに関する嗜好ではありません。それこそが科学なのです。それはディベートではありません。

【山影】

 ありがとうございました。パネリストの方、コメントあるいはご意見はありますか。新宅さん。水野さん、いかがですか。

【水野】

 エプスタイン先生に同意していただいて、私も多少心強く思ったのですが、逆に、私はシュガースケープのモデルの美しさというか、簡素さというようなことも非常にすばらしいと思っています。恐らく、多分あの本に対して、私もある経済学者の書評を読んだのですが、やはりそんなに人間は単純じゃない、アリと人間を一緒にするのは……と書きませんけれども、そういうような批判もあった。ただ、それは逆に、ロングヒストリーというか、歴史というか、人間の社会の基本形を、いかに少ない過程、抑制された過程の中から引き出すかという。そのためにあえて簡素にしていくという意味で、何か非常にすばらしい例だったのではないかなと思います。

【山影】

 田中さん、いかがですか。

【田中】

 エプスタインさんは、今、最終的には科学である以上、現実とのフィットが重要であって、そのフィットをもたらす、現実との結びつきをもたらす幾つかのジェネラティブ・モデルスという可能性がある。そういう形で、このマルチエージェント・アプローチは、現実に幾つもそういうタイプのマルチエージェントのモデルの実例がもう生まれつつあるということを示して、このアプローチの正当性ということをお示しになったと思いますが、私はこれは決定的なことですけれども、もう1つ利点があると思うのですね。それは、マクロな現象を説明しようとしたときに、私どものとる態度というのは、幾通りかあって、1つは、自然な単位にとっては、その部分、ミクロなレベルでこういうことが起きているからそれが組み合わさっていくと、マクロでこういうことが起きるのだぞという説明です。これは、通常は演繹的な方法で行うのですが、ただ、演繹的には、解析的に数学でやるというのはマクロの現象、実は無理ですね、できない。そうすると、それ以外のマクロの現象の説明の仕方というのはどういうのかというと、マクロなレベルの集合量とマクロなレベルの集合量との間で、アグレゲイツ同士で、ここに何らかの関係があるという仮説を立てるんですね。ですから、マクロのレベルで景気がよければ、戦争の被害が大きくなるというような言い方です。これも多分説明の仕方です。

 ですから、長期の戦争サイクルとかということを考える人がいて、その中で、マクロで言うと、世界システムの中で、コンドラチェフのサイクルが上昇にあると戦争の規模が大きくなる。コンドラチェフのサイクルが下降にあると、戦争の規模が小さくなるというのは、これも1つの説明のタイプですけれども、これは、やや説明のタイプで言うと、シャドウというか、現象を見ていて、Aが変わるとBが変わる。だから、Aが変わるとBが変わるんだというふうに言って、それで満足しなさいという説明のタイプです。何でそうなるのですかというふうに言われると、このタイプの説明は、やや困っちゃうんですね。そうなんだからそうなんだという話になる。

 もちろん、ジェネラティブな方法でやると、必ずうまくいくということは言えませんけれども、ジェネラティブな方法で、仮に現実のマクロレベルのフィットが合うようなことができるとすれば、少なくとも、何でコンドラチェフのサイクルがAのときは戦争の被害が大きくなったり、戦争の頻度が高くなるんですかというようなことに対して、もう少し、我々に納得がいくような説明、つまり、どういう個別主体がどういう経済環境のときに、どういうルールで行動すると、コンドラチェフのサイクルがAのときに戦争がいっぱいでるということが言えるのかということに対して、それなりに納得が、100%いくかどうかわかりませんけれども、ある程度の説明ができる。そういう意味から言っても、マルチエージェント型のタイプというのは、今後、検討していく価値があるだろうと私は思っております。

【山影】

 ありがとうございました。遠藤さん。

【遠藤】

 特にに反論でも何でもないのですが、非常にインティティブなレベルで言えば、しょせん人間の認知能力というのには限界があって、いわゆるそのエージェントとして、そういう人たちがいるというよりも、それを観察して何かを説明しようとする側に、ものすごい多大な制約があるわけです。歴史的に、いろんなサイエンスと言われているものが、生きてきた背景の中でも、結局、複雑な事象をどう説明するかということで、そこの認知限界を当然超えられないわけです。その中に、新しい方向として、こういうようなものがあるという感じがいたします。ですから、今の議論の中にも出てきましたけれども、例えばパラメータの置き方によって、当然、結果がかなり大きく変わるということはあり得る……

……具体的なアプローチの仕方としてはだいぶ違うのではないか。例えば今田中先生がおっしゃったように、このモデルを回したらこうなりましたというだけのものではなくなるわけです。そこは大きな違いではないかと思うのです。

 以上です。

【山影】

 ありがとうございました。お待たせしました。前に出ている我々6人と、いわゆるフロアーの皆様方と同じ平面に座っているわけですね。普通、パネリストというのは1段高いところで見下ろすようなところから話しているわけですけれども、きょうは皆さんと我々は、ある意味では、コリッドといいますか、コモレッドというか、同士であり、同僚であるというのは、同じレベルでいるわけですし、それから、こちら側にいる我々は、何らの形で構造計画研究所のマルチエージェント・シミュレーションのプロジェクトにかかわってきたわけですね。しかし、日本でこのマルチエージェント・シミュレーションに関心を持っている方は、それ以外にもいらっしゃるし、いろいろなプロジェクト等にかかわっておられる方がいらっしゃると思います。ここにおいでの皆さんは、何らかの意味でこういう新しい方法の可能性に関心を持っていらっしゃるわけで、ご質問、ご意見をエプスタインさん初め、きょうの報告者にぶつけていただきたいと思います。そういうディスカッションを通じて、このマルチエージェント・シミュレーションの将来がますます見えてくる、あるいは新しいフロンティアが広がっていくのではないかと思います。これから、ご意見、ご質問をちょうだいするわけですけれども、もし差し支えなければ、お名前と所属を最初におっしゃっていただきたいと思います。

 どうぞ、手を挙げて。これからマイクが行きますので、それからお話しください。

【朝野】

 専修大学の朝野でございます。きょうは、大変有益なセミナーを聞かせていただきまして勉強になりました。ありがとうございました。伺っていて、このマルチエージェントが、ドウキもあって、ミクロコスモスについてちょっと伺いたいんですが、たまたまきょうのご研究の発表は、このコスモスのディメンションが二次元でございますが、これは多次元であって、もう全然構わないのか、二次元であるところが本質的な制約であるのかということを伺いたいなと思いました。

 と申しますのは、これは新宅先生のご発表の中に、プロダクトマップがございますが、このプロダクトマップは、当然、プロダクト・アトリビュートとの……のマーク……アクセスございますので、二次元であるはずがないわけでございますね。空間距離モデルを考えて、そしてシミュレーションされていますが、距離というのは当然多次元で測れるわけですから、……して選択を……というモデリングでございますので、全然多次元に拡張しても差し支えないようなふうに聞いておったわけです。ということで、果たしてこの二次元ということが本質的なことなのか、あるいは、これはもうテンタティブに、とりあえず今は二次元でやっていますが、これからは当然三次元以上、多次元に一般化するというその過程であるんだというようなことを教えていただけることがありがたいと思います。これは、質問は当然一般的な質問でございますから、どなたがお答えいただいても、教えていただいてもよろしいのですが、これは事例を紹介いただいた新宅先生に伺いたいと思います。

【山影】

 ありがとうございました。ということで、ご指名ですので、新宅さん、お願いします。

【新宅】

 間違っていたら構造計画の方に補足していただきたいのですが、もちろん、モデルの考え方としては、おっしゃるように、多次元で考えるというのが基本としてあります。全くおっしゃるとおりです。ただ、それが、今現在動かしている我々が今回使ったABSのシミュレーションで動くかというと、動くかもしれないけれども、ビジュアルに表現できないというところが、1つのボトルネックですね。ですから、結果としては見せられますけれども、我々の今のレベルでは、そのプロセスないしは結果を三次元でうまく表現する形にはなっておりません。

【山影】

 エプスタインさん、シュガーモデルを開発なさって、また新しいモデルでエンピリカルことをなさっているというお話ですけれども、エージェントの動くフィールド、あるいはランドスケープというのは、二次元なのか、あるいは多次元でもう既におやりになっているのか、ちょっとご紹介いただけますか。

【エプスタイン】

 三次元的なものなのですね。X位置があり、Y位置があり、さらに砂糖の高さ(sugar height)があります。だから、三次元というわけです。しかし、エージェントは非常に高い次元マップなのです。エージェントには二次元の位置があります。まず、ひとつの次元である「富の地位」があり、また別の次元である「性」があります。さらに「文化のストリング(culture string)」があって、これはどれだけでも長く、また高次元にもなります。それに免疫システムがあって、これも長さに制限のない「ストリング(string)」です。また、「商品空間(commodity space)」があり、これも我々のモデルではとても高次元のものになる可能性があります。したがって、エージェントは、その行動のモードがすべて作動可能になるときには、すでに極めて高次元の存在であるということです。しかし、空間的に考えてみても、シュガー・スペース(sugar space)自体は三次元的ですが、次元を上げることに制限はないのです。エージェントを座標軸、色、音、形、その他のもので表現するのには問題もありますが、数学的な次元には全く制限がないのです。データ分析の観点からしても、制限がないのです。ですから、視覚化の問題は鍵とはなりません。

【山影】

 ありがとうございました。では、別な方、何かご意見あるいはご質問があったら、どうぞご遠慮なく。せっかくのチャンスですから。どうぞ。

【松田】

 東京工業大学……研の松田と申します。田中先生が社会科学の新しいアプローチとして、帰納法、演繹法とは別に生成法とおっしゃっていましたけれども、エンジニアリングの世界では、アブダクション的アプローチと言いまして、日本語に訳すと発想法と訳すのですけれども、そういった思考が脚光を浴びています。そこでのキーワードは、設計をするということで、いわゆるデザインをするということなのですが、きょうのお話を聞いていると、やはりミニチュアなワールドをつくって、その設計をして、中を見ていこうというスタイルですので、だいぶ共通点があると考えられるのですが、その点について、ちょっとコメントをいただきたいと思います。

【山影】

 どうぞ、田中さん。

【田中】

 アブダクションというのは、まさにこのジェネラティブ・アプローチの1つのキーワードだろうというふうに私は思っています。たしかエプスタインさんの、きょうのスピーチではアブダクションという言葉はお使いにならなかったかもしれませんけれども、論文の中にはそういう言葉が使われていますし、それから山影先生のシートにも、アブダクションという言葉は出ていたと思いますので、私はまさにそういう、設計してみて、それがどのくらい現実と合うというタイプのアプローチが、工学が多分そういう面でいうと進んでいるんじゃないかという気がするんですね。ややサイエンスというので、社会科学、ソーシャル・サイエンスもサイエンスだと思っていると、どちらかというと、やや工学的な側面が今まで薄かったのかなという感じを、今お話を伺って感じました。

【山影】

 ちょっと、司会で本当は余計なことを言ってはいけないかもしれないのですが、私も一言アブダクションというのを書類の中でお見せしていましたので。アブダクションって、普通は辞書で引くと「誘拐」と出ているんですよね。誘拐事件が多いのですが、あれは全部アブダクションなのですが、これの、今のコメントをくださった方のような意味で使えるのだぞと、我々日本人に大声で教えてくれたのは、川喜田二郎さんとか、ウエヤマシュンペイさんとか、……さんとか、ああいうフィールドに出て、理論ではだめで、データだけ集めても何を言っているのかわからない。そういういろいろなデータが頭の片方にあり、もう片方には、あんまり役にも立たない議論がある。それを組み合わせて、どういう役に立つ議論を使い、データを意味づけて、そして、新しい、より高いレベルの理解に到達するのか。ヨーロッパで発達した近代科学は、そのアブダクションが若干足りないのではないか。神様がつくった世界を盲目に信じたり、あるいは逆に、データそのものが事実を語らしめれば、それでよろしいんだというのも……。そういうことを我が日本の大先輩がおっしゃっているわけで、今のコメントに私も大賛成であります。ただ、違いは、そのデータが現実の世界を一生懸命歩いて、……的、あるいは野外科学的に集めるのではなくて、我々にとっての知識やアイデアのヒントを出してくれる世界が、多分コンピュータということなのかなというふうに思っております。

 ちょっと余計なことを申しましたけれども、どうぞ、フロアの方から、質問、ご意見があったら。どうぞ、真ん中辺の方。

【森田】

 大阪経済大学の森田と申します。先ほど田中先生が、モデルのカンゾウ性の問題と、それから入り口の実証性の問題、そのポイント制のところで、数学的な扱いをやったということとは別だというふうにおっしゃったのですが、僕自身がちょっとやっております小さなモデルでは、その点がまさに数学的な扱いが。例えばどういうことかといいますと、エージェントのレベルにもよるわけですけれども、それそれの属性について、その属性の数と、それからエージェントの数というのが、対応的に、例えばプロッツ・オペレーターを使いますと、ちゃんと数的に合わないわけです。それは全部のモデルにかなうのかどうかわかりませんけれども、今、僕はちょうどスウェーデンの労働市場と、それから……やっているのですが、5万じゃなく10万ぐらいのエージェントは、そういう形で処理できるというところがあります。その辺について、先ほど、何人かの方がそういう問題について触れられておられたわけですけれども、そういう数学との関連というところで、何か示唆が与えられれば幸いに思います。

【山影】

 ありがとうございました。今のは、とりあえず田中さんの名前が出ていましたけれども、田中さんを初め、我々は多分その辺は、悩んでいるところではないかと思いますが、やっている経験上、どうでしょうか。まずは田中さんから。

【田中】

 水野さんのほうの話ですね。

【水野】

 私が先ほどの数学的な……という意味とは別のカン……だと申し上げたので一応責任上申しますと、ある行動というか、記述するのに数学を使うとかルールベースを使うということではなくて、そのモデルを立てて、例えば経済モデルですと、当然その帰結というか、その行動が落ち着く先、均衡関係であるとかないとか、あるいは均衡状態でどういう行動が出るというところまで答えが出てくるような形でセッティングされていなければいけないという意味で、数学的に扱いやすい仮定を置くことが多いと思うんですね。これは、必ずしも数学一般を知ってるわけではなくて、経済学とか……の範囲での理解ですが、そういう意味で、数学的な扱いやすい制約を、通常の数学モデルは持っている。ただ、エージェントベースモデルだと、行動の記述は、例えば数式であれ、ルールベースであれ、何でも構わない。それがどういう帰結になるかについては、もうコンピュータに……すればいいという意味ですね。もし、逆に、数学的に、個々のエージェントの行動の帰結が立証できるのであれば、それはシミュレーションしなくて、ちゃんと数学的に展開すれば、そのほうがもちろんいいに決まっているというふうには思います。

【山影】

 新宅さん、いかがですか。経営という形で、経済に一番近いところにいらっしゃるわけですけれども。

【新宅】

 特につけ加えることはないのですが、ただ、ちょっと今水野さんがおっしゃった最後のところというのが、まだ僕は迷っているのですけれども、結果的に数学的に解ければ。あるいは、数学的に解ければというのは、最終的に解析的に解ければということだと思うのですけれども、そのほうがいいと。

【水野】

 同じ仮定であれば。

【新宅】

 あるいは、メカニズムを見ていて、最初はわからない。いろんなものを設計していく中から、これはこういうメカニズムになっているのだということがわかった。それで、改めて解析的にやったら、わかったというふうにつながるのであれば、すべてがそうならないのでしょうけれども、そういう方法解析的にいく1つの前段階としてのアプローチであって、そういう位置づけになっちゃうと思うのですけれども、本当にそういう理解でよろしいのでしょうかというのは、ちょっと私にはよくわからない。この意味づけとして、ちょっとほかの方のご意見、あるいはエプスタインのご意見をお伺いすれば。

【山影】

 田中さん、いかがですか。

【田中】

 私は数学者ではないのでやや数学に対して偏見があるのかもしれませんけれども、私のような頭で解ける範囲というのは非常に限られているので、多くの、私にとっておもしろいと思われるような事象は、先生のところに、二人ゲームみたいなものの……求めるのは、それなりにわかりますけれども、n人間をダイナミックにやって、その間の動的なプロセスはどうなるのかというようなことは、私の頭では想像もできない。そうなりますと、そのようなことについては、少なくとも私のような人間にとってみると、マルチエージェントのようなところで、それなりに個別のところでは正確に定義できて、これを複数のnが動いたらどうなるかというふうにやるしかないのだろうというふうに思っています。ですから、そこのところで複数のnがダイナミックなn人ゲームをやるのが数学的に解けるんだというふうに、どなたかが証明してくれても、私が多分それを納得できるとは到底思えないですね。

 ですから、その場合の問題は、ただ、そこのところでエージェントベースでやるときに、それぞれのアクターの行動パターンをどう記述して、どう仮定するかというのは、これはリサーチャーのある種の自由ですよね。ですから、どういうルールを書くか、単純な数式をそこに入れるのも自由ですし、そこに何百行にもわたるルールを書き込むというのも自由だと思うのですね。要は、その結果がどのぐらい、我々が現実だと思っているものにフィットするかということだというふうに思います。ただ、もちろん現実の限界としてみると、例えば今のABSシステムで、nの数を2,000とか3,000とか4,000にして、それぞれのエージェントが何千行にもわたるルールを、何回もインタレットしながらやるというようなことをやれば、コンピュータの限界が、リサーチが現実的でなくなるというものではありますけれども、ただ、これは仮にコンピュータの能力が相当今後も向上するということを想定すると、あまり気にする必要はない。

【山影】

 じゃ、エプスタインさん、いかがですか。

【エプスタイン】

 私は数学畑の人間で、その立場から言うと、定理はあるにこしたことはないのです。しかし、記述を分析的に扱えるほどに単純化していく際に、ダイナミクスをひどく歪めたかたちで描写して、その結果、モデルが非現実的なものになってしまう危険があります。ペイトン・ヤングと私が書いた「大きな偏差の理論」という論文で述べているように、この理論を使って証明できるハイブリッド・モデルの存在する可能性があるのです。つまり、社会階級のモデルにおいては、ある階級構造は長期的な均衡状態になるということです。しかし、問題は、この均衡状態に達するのにどれくらい時間がかかるのかということです。あまりにも時間がかかるので均衡状態になってもあまり意味がないほどでしょうか。そして、エージェント・モデルはこの均衡に移行するまでの時間を分析するのに用いられるわけです。我々が証明するのは、均衡に達するまでの時間は、エージェントの数からみても、そのメモリーの長さからみても幾何級数的に増加するということです。モデルの次元でも幾何級数的で、たしかに、ときには物事を証明できることもあるわけですが、それが適用できる均衡状態になるまでにあまりにも時間がかかるので面白くないということになったりもするわけです。でもその通りです。数学がある方がいいのですが、現実主義も大切です。

【山影】

 どうもありがとうございました。ほかにご意見は。一番右のほうに手を挙げている方がいらっしゃいます。

【○○】

 筑波大学の社会工学研究所の……です。きょうは貴重な、敬虔な話をどうもありがとうございました。せっかく著者が来ていらっしゃいますので、1つお聞きしたいのですが、このマルチエージェントのモデルでは、非常にシンプルなある行動規範でさまざまなマクロでの大きな秩序なりルールなりが形成されているということを理解する方法として、ミクロとマクロを結ぶ方法論として非常に有益な方法だと思うのですが、ひとたび、そういうルールなり、あるいは秩序なり、そういうものができ上がっていったときに、それではまた、そのルールなり秩序が、マクロ的なそういうものができ上がったときに、個々のエージェントの行動を、どういうふうに。それのパーカッション(波及効果)について、少なくともこのお話の中ではまだ出ていなかったように思うのですが、それはこういう中で取り込んでいけるものでしょうか。それとも、暗に外的な条件として与えられるものか、あるいは、新しくこうやってでき上がったルールなり、秩序なりが、また、破壊されて、新しい方向をとる。つまり、ある種の均衡から、また次の均衡に移っていく。その契機をこのモデルの中でどうやって取り組んでいくのかということに関して、何かサジェスチョンなりがあれば、伺わせていただければ非常にありがたいと思います。

【エプスタイン】

 あなたが質問しているのは、こういうことだと思います。つまり、マクロからエージェントへのフィードバックはあるか。答えはイエスです。あるのです。これはとても良い質問で、発表の中心部分は、エージェントを固定して、何が出てくるかを見るということなのです。もちろん、こうしたモデルの多くにおいて、何を作り出すかがエージェントの行動の仕方やそのルールの進化の仕方に影響を与えるのです。誰かが学習について質問しましたね。これらのモデルの多くにおいて、エージェントは学習します。エージェントはルールを変えます。彼等は自分たちがどれだけ探し求めているかを変えることができます。環境に対する最良の応答は、その環境が変化するにつれ、そしてマクロ構造が効力を発揮するにつれて変わります。ですから、こうしたより成熟したモデルにおいては、個々のエージェントのルールと彼等自身が作り出す巨視的な構造との同時進化が起こるのです。それで、結局、最後にはすべてが内因性のものだということになるのです。エージェントに対して「マクロ段階」のフィードバックがあり、それはマクロな状態を変化させます。こうしたシステムはボトムアップ型のダイナミクスを持っていますが、機構やマクロの規則性から、学習し、相互作用し、マクロな構造を変化させるエージェントへのフィードバックもあるのです。ですから、さきほどのは良い質問であり、最も厚みのあるモデルにはすべてが備わっているのです。

【山影】

 ありがとうございました。ほかにご質問は。では、最初に手が挙がった後ろのほうの方から。

【○○】

 ……。初めて聞いた概念なので少し初歩的な質問かもしれませんが、水野さんの例のJポップの予測のモデルで、少し想像できなかったことがあったのですが、23ページと24ページのところですが、インプットとアウトプットがあって、予測するというところで、7万5,000人のエージェントをつくっていらっしゃったわけですが、それと、背景データとしても、独自調査、7万5,000人のエージェントと関係があると思うのですが、調査は恐らく7万5,000人じゃない、数百人の調査が……。それと7万5,000のエージェントとの関係はどうなっているのでしょうか。

【山影】

 これはもう水野さんに答えていただくしかない。

【水野】

 調査は、確かにおっしゃるように、数百のものを何種類か扱っています。あと、国勢調査のようなものも含めて、いわゆる分布というか、ディストリビューションを推定して、そこからエージェントをつくるということをやっています。ですから、調査で、例えば1,000人いるから、それに1人ひとり対応して、1,000個のエージェントに分けた対応をする。簡単に言いますと、そういうことです。

【山影】

 よろしいでしょうか。では、次に右端の真ん中辺の方、お願いいたします。

【小川】

 電気通信大学の小川と申します。非常に有意義な発表をありがとうございます。この研究は、私も近いことをやっていまして、いつも感じている疑問なのですけれども、どういうふうに評価をするのかというところで必ず引っかかることがありまして、モデルでまさにジェネレートされたものと、モデルを評価するものとの距離が近いというのが私の印象でありまして、多分違う軸で評価する方法が何かあれば、説得を持つかなというふうに思っています。それに関して何かご意見があれば、伺わせていただければと思います。

【山影】

 非常に重要なポイントなので、もう少しお時間を差し上げますので、もう少し具体的に評価とジェネレートされたものが近いということの意味をお話しいただけますか。

【小川】

 先ほどの帰納的、演繹的、生成的という分け方をされたんですけれども、その枠組みを話させてもらいますと、生成的ということは、つまりモデルを構築したビルダー、研究者が、そのモデルに何かの仕組みを与えて、何かを得るわけですね。それがジェネレートされたものなのですけれども、そのされたものが、例えば先ほどの例ですと、戦争はこうやって起きるんだとか、そういったものになってくると思うんですね。じゃ、それがどういうことを言えるのかという評価の部分が、結局、その説明が先ほどあったのですけれども、現実にフィットすればいいという1つの方法があるのですけれども、それはまさにジェネレートされたものとほとんど同じことを言っていて、どのように、つまり、評価が正しいのか、現実が正しいのか、その辺の問題に行き当たるような気がするのですが。こんなものでよろしいでしょうか。

【山影】

 ありがとうございました。要するに、コンピュータで起こっていることのある解釈と、その現実世界を語っていないのではないかということだと思いますが、これは多分シュガースケープとか、SWARM、あるいはABSを使っていて、いろいろと考えているところが皆さんおありになると思いますので、では、遠藤さんから順番に。どういうふうな考え方をすればいいのか。これは多分正しい答えがなくて、いろいろな考え方があると思うので、そのバラエティを少し知りたいなと思いますので、お願いいたします。

【遠藤】

 ご質問はすごくよくわかりまして、私自身も、全く他意はございません。というのは、極端な話、例えば私がご説明というか、応用としてお示ししたものが、結果的に、いろんな、かなり豊富なデータが出てくるのですね。それを見て、たった100ステップ展開するだけでもいろいろなことが起こってくる。その中のどこを切り分けて、見せて、それが結果的に、例えば現実とフィットすると言うべきなのか。たまたま私は「えい、やっ」と、これは本当に評価というにはほど遠いやり方で、例えば100ステップの間のポピュレーションの変化を見たのですが、それが、例えば理論というか、今まで議論されているようなものとの乖離とかフィットだとかという議論をしてきたわけですけれども、これは、おっしゃるところと似ていまして、そういうセオリーというか仮説があるから、それに似たようなものが見えていく。だから、おもしろいねと言っているのと、そう変わらない部分が、私の場合はあるのです。

 ただ、それを逆に言うと、何で見るのかですが、もちろん、それは観察者、分析者である私が、ある種の目的を持ってやるわけですから、それとのフィットというのは当然あり得るのですけれども、それを皆さんにご説明して、例えば金融コードというものをこういうふうに見たほうがいいよというときのベストな……ションとして、どういうふうに示すのかなんていうのは、実はよくわかっていない。これは私自身の迷いです。すみません、答えにならなくて。

【田中】

 私は、この評価については、マルチエージェントモデルにしても、ほかのものについても、やっぱり第一にそれが経験事象とのすり合わせを前提とするかどうか、つまりエンピリカル・フィッティングをすることをそもそも前提にしているかということで、まず2つに分けられると思うんですね。経験事象とのフィットということを目指す場合には、これは言ってみれば割とシンプルな話でありまして、統計の検定を行う、それでフィットが悪ければ、それはしようがないということですね。フィットがよかった場合には、今度は同様に同じぐらいよいフィットを出すモデルの間をどう評価するかという問題が出てきました。そうなると、これはなかなか難しい問題があるのですが、そこからは、今度は多分、エンピリカル・フィットを目的としない。あるいは、当面想定していないモデルの場合、どういう評価をするかというのとちょっと似てくると思うのです。

 私がきょうお話ししたようなものは、当面、エンピリカル・フィットは目的にしていません。ですから、そこでどういう評価をするかというのは、おまえは冗談を言っているのかと言われるかもしれませんけれども、やっぱり一番重要な評価は、そこにサプライズがあるかどうか。驚くべきことが出てきたというようなことですね。これはどういうことかというと、別な言葉で言うと、現在の学会なり常識、コンベンショナルビューに、どれだけチャレンジするような結果がそのモデルから出てくるか。それがどれだけ今までの既存の考え方に反省を迫ることになるかどうか、そういうことの度合いに応じて、そのモデルの成功とか失敗ということが言えるのではないかと思います。ですから、経験的な事象で、検定を経て、同様にすぐれたモデルがあった場合でも、ある程度は似たようなことが言えると思いますね。その中で、いいモデルというのは、やっぱり我々にもっとその物事を深く考えさせるというようなものではないかと思います。

【山影】

 エプスタインさんから今、手が挙がりました。では、最初に答えていただきましょう。

【エプスタイン】

 私は田中さんと同じ意見です。経験的な適合だけがエージェント・べース・モデルの用途というわけではありません。この経済学の練習問題のように、核となる前提を変えてみると理論の堅牢さがわかります。もうひとつの点は、こうしたモデルを使えば専門家を謙虚にすることができるということです。

  例えば、国際関係を研究している人達の多くは、なぜ同盟が形成されるのかを自分はわかっていると思っています。いいでしょう。では、国家を六角形にしてエージェント・ベースのモデルを作り、「現実のルール」だと思うルールを明示して、同盟が形成されるかどうか見てください。もし同盟が形成されなかったならば、自分の前提を考え直す必要があるかもしれません。通常の議論では、この会話を律するテクストも実験室も方法もなく、単なるおしゃべりで終ってしまうところです。田中さんが言っていたように、教育的にも、謙虚さを生み出すという点からも、エージェント・ベースのモデルはとても有益であり得るし、我々としては同盟を作り出すまで前提を練り直していけばよいのです。同盟を作り出す別のルールもあるかもしれませんが、私の経験からすると、役に立つものをひとつ手に入れればラッキーなのです。役に立つものをたくさん手に入れることは容易なことではありません。

【山影】

 ありがとうございました。水野さん、いかがですか。

【水野】

 もうほとんどおっしゃった。特に理論モデルに関してABSを使っていくというのは、もうそういうことだと思いますが、一方で経験的なモデルということもあるだろうと思います。その場合、結果というか、さっき僕は入り口、出口と言いましたけれども、出口を合わせていくというのは、別にABSに限らず、ほとんどの社会科学モデル、特に経済学なんていうのは、その前提は何でもいいから、結果が合っていればいいだろうという、アズ・ア・サンプションという。言い方がちょっと言いすぎたかもしれませんが、過程がどうであれ、結果が合っていればいいというような立場ですし、ですから、逆にABSを考える側というのは、……大事にするということだと思うんですね。結果はもちろん合っていたほうがいいと思うけれども、個々のエージェントの行動がやはり納得がいくもの、それは必ずしもきっちりと実証できないまでも、直感的にそちらのほうがより経験的にそうだとなって。ただ、一たん、私は入り口と出口で実証した上で、違う条件を入れてみて、そこでサプライズが出てくるかどうかというのは、やっぱりおもしろいことだというふうに思っています。

【山影】

 新宅さんはいかがですか。

【新宅】

 ほぼ、全くそのとおりで、きょうのお話で、具体的に言うと、恐らく、午後のあれで言いますと、水野さんがやられたお話が、あるいはやっているアプローチが、比較的エンピリカル・フィッティングを、入り口と出口の両方ともきっちりやってみようというやり方でやられておって、その後にお話しした私どものモデルというか、私たちの、当面、今までの使い方は、実はエンピリカル・フィッティングまで全然行っていなくてというか、考えていなくて、企業の競争とか、あるいは組織の生成メカニズムというのを理解する、我々が考えるための道具として使ってみようと。要するに、モデルだから、つくって、どういう結果になって、こう変えていくという、そこにすごく意味があって、本当に最後の結論の部分で、本当にこんなことを言っちゃっていいのだろうかというふうに、正直言って、無責任ながらあるんですけれども、随分、そういう意味での考える道具としては、非常にこの半年ぐらいやりながら、有意義だったというふうに思っています。

【山影】

 ありがとうございました。予定された時間が過ぎていますけれども、せっかくの機会ですので、もう一方か、二方、質問あるいはご意見があれば、どうぞ。

【キガ】

 東洋大学のキガと申しますけれども、1点だけお聞きしたいのですが、エージェントモデルは私も興味があって、自分でもつくっているのですけれども、一番批判するのは、結論が仮定の中に入っているのではないかというクリティカルな批判がありまして、例えば白人と黒人のすみ分けの問題が先ほどありましたけれども、同じ白人同士で住みたがるか、黒人同士で住みたがるという仮定を置きますと、当然そこで黒人同士の集まりのグループができますし、白人同士もそういう。これは結論の中に、そもそも仮定が入り込んでいるんじゃないかという批判なのですが、それはどういうふうにお答えになりますでしょうか。

【山影】

 どうしましょう。あの分居モデルで遊んだのは私たちですので、僕から一言。黒人、白人ではなくて、青いアリさんと赤いアリさんのお話でございますけれども、多分、田中さんのおっしゃったサプライズで言うと、1匹1匹のアリさんは、周りが、例えば閾値、40%ということは、半分以上違う色のアリさんがいてもいいんですよといことなんですよね。そうしたら、もっとあんなにきっちりすみ分けなくたっていいじゃないと思うんだけど、ああなってしまう。でも、1人ひとりに聞いてみると、赤いアリさんに、あなたは青いアリさんは嫌いですか。いや、そんなことないですよ。半分以上違う色のアリさんがいたって構わないんですよという答えなんです。これは何もうそをついているわけじゃないんですね。正直な答え。ところが、結果として、ものすごい分居、セグレゲーションができてしまう。多分、驚くべきことは、白人が集まってロサンゼルスで白人の住むところと、黒人のところと、コーリャンができるというのでは実はないかもしれない。そんなに、1人ひとりが、僕はちょっと住みたくないとは思わないのにもかかわらず、街を見ると、ウエストサイドストーリーのようなお話が日常茶飯事で起こってきてしまう。だから、驚くべきところがどこなのかなというのが、多分大きなポイントではないかなというふうに思って、いろいろとABSで遊ばせていただいている次第です。

 その仮定が、結論が、アサンプションの中に組み込まれているのではないかという点について、エプスタインさん、何かご意見はありますでしょうか。

【エプスタイン】

 そうですね、おどけた答えと真面目な答えとがあります。おどけた答えは、もしそれが本当ならば、我々はあまりにも間抜けで、それがどのように組み込まれているかを気付くことはできないということになります。というのも、我々はこれらのモデルに始終驚かされているからです。つまり、田中さんが言われたように、それらに関して最も驚くべき点は、最も単純な場合でさえも、何が起こるかを予測することが非常に難しいということです。こうしたモデルにおいては、とても単純に見えるルールを入れてみても、常に想像していたよりもはるかに奥深い行動が出てくるのです。第二の点は、ほとんどのモデルに確率的な要素があるということです。ランダム性が存在しています。つまり、実現の仕方はお互いに異なり、実際のところ結果は組み込まれていないのです。実際にあなたが見ているのは結果の統計的な分布なのです。特定の実現の仕方は決定論的ではないのです。もちろん、ダイナミクスは完全に決定論的でありながら全く予測できないカオス理論という例があります。

【山影】

 私もこのままずっとディスカッションを続けていきたいのでありますけれども、会場の時間の都合もあり、パネルディスカッションはこれで閉じさせていただきます。

 最後に、主催者の構造計画研究所から何かメッセージがありましたら、それをいただきたいと思います。

【服部】

 本日は1日どうもありがとうございました。パネラーの方々、あるいはご出席者の方々も、非常にタイトなスケジュールの中で、あまり休み時間もなく、ご迷惑をかけた部分もあったかと思いますが、あくまでも、このマルチエージェント・シミュレーションあるいはシミュレータというのは、きょうを出発としてリリースしてまいりまして、これで終わりというわけではございません。ぜひとも皆様方のフィードバックをいただきながら、新しい手法としてこれを取り入れていきたいと思います。ご出席の方々の大体7割近くは大学の研究者の方々で、それこそ、田中先生じゃないですけれど、サプライズだったのですが、この状況でやはりまだまだ、日本ではそういった研究機関、あるいは教育の場で使われるものだということがわかりました。またこれをビジネスにつなげていくということ自体も、試行錯誤の中で、我々は続けていきたいと考えております。

 一部の方々から企業の方はこれは使えないのかというご質問をいただいたのですが、そんなつもりはございません。今はもうともかく皆さん方に使っていただくことが重要だと思います。その対価とか、そういったものに関しては、また別途打ち合わせさせていただければと思います。ただ、最初に申し上げたとおり、教育等に関しましては、もともと通産省の予算で開発したものですので、まじめに先生方が使っていただけるのでしたら、これにかわる光栄はございませんので、ぜひともそういったコミュニケーションをとらせていただいて、授業等で使っていただく、あるいはそういった形のフィードバックをいただければ幸いだと思います。普通のパソコン、ウインドウズの98、95でも動くシステムでございますので、またお問い合わせいただければと思います。

 きょうは本当に2月29日というあまりない日に、こういったセミナーを開催しまして、これがまた将来なくなると困るのですが、400年に1回では困りますので、そういうことのないように続けていきたいと思います。そのためには我々と皆様方ひとりひとりのエージェント的な活動が必要だと思いますので、そういった点もお含みおきいただいて、積極的にご賛同いただいて、ご活用、ご利用いただければと思っております。

 本日はどうも大変ありがとうございました。(拍手)

Back