カスタマーズコンファレンス2000 e-Technology to the Next Century
Session B. マルチエージェントシミュレーションとリスク分析
セミナー議事録
【発表者と講演内容】 |
15:00 〜 15.40
野村マネージメント・スクール,遠藤 幸彦 様
1957年生まれ。 80年東京大学教養学科卒業(国際関係論)。85年ワシントン大学ビジネススクール卒業(MBA)。80年野村総合研究所入社。日本および米国で証券アナリストに従事。90年から野村総合研究所資本市場調査部において、内外の金融制度、金融サービス企業の戦略調査を担当。97年から現職。
<著書・論文>
Japanese Financial Markets, Woodhead Publishing, 1996(共著)
Aging Societies: the Global Dimension, Brookings Institution Press, 1998(共著)
『ウォール街のダイナミズム:米国証券業の軌跡』野村総合研究所、1999年
「証券化の歴史的展開と経済的意義−米国を中心に−」『フィナンシャル・レビュー』第51号 大蔵省財政金融研究所、1999年6月
Topic: 金融業の機能について「マルチエージェントシミュレータを使って」
『人工社会』を手がかりに、ABSを使って簡単な金融行動の再現を試み、そのインプリケーションを探ります。このような方法論の初心者でもこの程度のことができるという例として紹介する。
【議事録】 |
【遠藤】
私、このマルチエージェント・シミュレータを使った発表をさせていただくのは2回目なんですが、ことしの2月29日、400年に一度しか来ないという日にやらせていただきまして、今回は2度目、2度目は13日の金曜日ということで、何か構造計画も意図的にそういう特異日を選んでいるんじゃないかということで、これからこのプレゼンテーションはどうなるかよくわかりませんが、よろしくお願いいたします。
私自身は、こういう方法論についてはあまり知らずに、これを利用する立場としてのお話だというふうにご理解いただければと思います。実際にこれからご紹介しますモデルについても、構造計画の今司会をやっていただきました木村さんとか前田さんというような方に、かなりの程度具体的なモデリングをしていただいております。私自身は、どちらかというと、金融業とか、そういうものを観察するということが商売といいますか、仕事としてやってきた人間でございます。そういう人間がマルチエージェント・シミュレーレター、ここではABSですけれども、それを使ってどんなことが言えるかということをご紹介したいなと思います。
金融市場において、マルチエージェント・シミュレータの利用というのは結構盛んでございます。金融工学というと、デリバティブとかその辺の話が非常に多いわけですけれども、マルチエージェント・シミュレータで、例えば株式市場のユーフォリアを再現するということは非常によく行われております。サンタフェなんかでもやられているようですし、ここにご紹介したようにMITなどは、大規模なプロジェクトをやっております。
しかしながら、きょうご紹介するのは、そういうことのまねというのとはちょっと違って、金融のかなり基本的な意味のところからちょっと考えてみたいと。その過程で、実務的とか、施策的なインプリケーションが出てこないかというアプローチをとりたいと思います。1つ、やはり実業界にいる人間とこのシミュレータの話なんかをしますと、例えば株式市場を複数の異なる期待を持ったエージェントの集合体で例えば再現してみせる。例えばフラッシュが起こるというようなことを再現しても、特にやはりお金をそれを使って設けたいという立場から考えてみると、それがどうした。きれいに説明できるというのはいいけれども、それで何ぼのものかという感じのところがございます。
そういう意味でも、実際にシミュレータを使ってみて何が言えるのか、実務界の運用とか、そういうことについて少し考えてみたいと。それをやるには、かなり初歩的な話から出発させていただくんですけれども、ここに挙げましたのは、これは別にシミュレータとは関係ございません。金融って何だろうということで、アメリカでハーバードビジネススクールというところの教授陣が書いた本の中からとったものでございますけれども、金融にはこんな6つぐらいの基本的な機能があるだろうと。よく言われていることでございますが、例えば決済機能を提供する。、あるいは、投資信託のような形で資源をプール化したり、逆に見れば小口化したりする。そういう仕組みを提供するもの。あるいは、異なる時点とか距離を超えて、経済資源、基本的にお金を移転する方法を提供するんだと。リスク管理、あるいは中央計画経済と違って、各主体がそれぞれに意思決定をするわけですけれども、その意思決定を助ける価格等の情報を伝達する機能、それに、最近よく言われることでございますけれども、情報の非対称性に基づく問題、金融とか労働市場においては、取引の主体間で、情報の非対称性とよく言われます、一方と、要は例えば雇用者と被雇用者、あるいは借り手と貸し手というような間に情報が対称的でない。どっちかというと、学者的な考えですけれども、それに基づいていろいろな問題が生じる。例えば有効な資源配分が妨げられるということが言われております。もう30年近くこの分野で、経済学とかファイナンスというのは、かなり発展を遂げております。
きょうご紹介したいのは、この下線を引いた部分、金融の中でも2つの機能について、マルチエージェント・シミュレータを使って何が言えるかと。あるいは、その言えること、あるいは言えないことから、どういうインプリケーションがあるかということを考えてみたいと思います。
すぐにご紹介しますが、信用モデルというものを使います。もともとはアメリカにありますブルッキングス研究所にエプスタインという数学をバックグラウンドとする研究員がやっていますけれども、彼が『アーティフィシャル・ソサエティーズ』という本を書きました。日本語訳が構造計画から出ておりまして『人工社会』、まさにアーティフィシャル・ソサエティーズの略でございます。ここでは、シュガースケープと呼ばれているモデルを使って、非常に単純なルールで、エージェント間の、例えば争いだとか、交易だとか、例えば伝染病の伝染だとか、文化の伝播といったようなことをいろいろ創発させているという非常におもしろいものでありますけれども、その中に、信用モデルというのが出ております。それを出発点として構成しております。これは、ある空間に砂糖の資源分布がございます。その中に200の、ここでは仮にアリという名前をつけますが、アリというエージェントを解き放ちます。アリは、自分の目を使って、周りにある砂糖の資源を消費、あるいは蓄積しながら暮らしていく。ある時期になると、その子孫をつくって、そういうことができるというような非常に簡単なモデルです。
この中で、今からやりたいのは、いわゆる場に存在する資源以外に、多分エージェントの持っている資源を貸し借りすることを許す。非常に単純な例ですけど、財は1つしかございません。その中で、例えば自分の周りに有効な消費できる砂糖がない場合に、近くにいるエージェントから借りるという行為を許す。オリジナルの人工社会では、これは子孫をつくるときにのみそれを許すというようなことをやっていましたけれども、それを緩めて、その場に落ちているといいますか、存在する砂糖と同等に、他のエージェントと貸し借りをしたらどうなるだろうかということでございます。言ってみれば、金融と言っても、要は、異なる時点間の財の交換といいますか、交易といいますか、貿易みたいなことをやっているということでございます。
後で1つだけログを再生させていただきますけれども、モデルの中で非常に多様な情報が出てまいります。以下では、マクロ的な観点からといいますか、社会の効率性みたいなものを、その左上に出してありますグラフ、これはエージェントの数がどれだけふえているかという総人口のグラフでございます。これが例えばある条件のもとで、どのぐらいふえていくんだと。ある資源の付与された状況の中で、どこまで拡大するかというようなことをシミュレートするということです。本来であれば、かなり長いステップをやってみないと結果がわからないんですが、ここでは約200ステップという当初の状況を見させていただいています。その理由はすぐに後でわかると思いますが、ログを5ステップずつ記録している関係で、横軸が時々200ならぬ40で終わることがございますが、意味は同じでございます。右側のこのカラフルなグラフは、その分布を示しております。一番右のコントロールボックスが、いろいろな条件をオンにしたりオフにしたりして試している。それから、左側の下のグラフは、いろんな立場のエージェント、例えば貸手のエージェントだとか、借り手のエージェントだとか、そういうものが出てくるわけですが、そういうエージェントが平均的にどのくらいの資産を持っているかということを示すためのグラフでございます。
もちろんこのモデルではいかようなものも示すことができますし、そういう意味で非常に豊かな情報が得られます。逆に、豊かすぎて、どう判断していいか、あるいはどこを見ればいいのか迷うぐらいでして、きょうは非常に単純で、もしかしたら、マルチエージェント・シミュレータというものを使って何かを論じようという場合には単純すぎるかもしれませんが、先ほど申し上げたように、同じような条件下で総人口がどのぐらいふれるだろうか、そういうものでとりあえず見ていきたいと思います。
まずベースケースとしてここに挙げましたのは、金融をなしにした場合に、ある低成長の経済を考えて、その中でエージェントの数がどうなっていったかということの分布を示したものです。下に、条件、えさの成長1、最大視力6とありますけれども、これはこの場全体の砂糖が自然にふえていくんですけれども、その成長率を1と、実はこのモデルでは一番低い成長度でございます。それから、エージェントの中にいろいろな視力、つまりグリッドが想定されておりまして、そのグリッドのどこまで先を見渡して資源が収集できるかというふうに、ランダムにですけれども、振っております。この場合は、そういうエージェントの最大の視力は6である。これも絶対値にそんなに意味はございせんけれども、相対的に言うと、低成長で、しかもエージェントとしてもそんなに飛び抜けてすぐれたエージェントはいないという前提で、この砂糖の場にアリをはなったわけです。200ステップたったらどうなったかというグラフでございます。左側に見えますように、200からスタートして大体300ぐらいまでふえた後に、かなり急降下をいたします。100ぐらい減った後に、定常状態といいますか、また戻っていく。多分といいますか、この後続けても、この間を振動するような形になるのかなと思っております。右側の分布を見ていただいても、大体イメージとして黄色の濃淡で等高線が示されているという感じなんですけれども、やはり当然のことですけれども、資源のたくさんあるところにエージェントが集まって、この場合は分居をして、ちょうど2つツインピックスになっていまして、そこに集まっているという形になっています。ですから、エージェント間の貸し借りを認めずに、その場にある資源だけを消費かつ蓄積していくと、こういう形になる。もちろんこれは1つの事例でございまして、何回やってもこれと同じ形になるということではございませんが、基本的には変わらないというパターンでございます。これが、このような経済状態におけるベースケースだと。
ここに貸し借りを入れていきます。貸し借りを許容する。これは、もちろん貸し借りにもルールがございまして、借り手の担保といいますか、資産を見る。もちろん借りるんですから、ある場合において不足している場合とかが想定されるわけですけれども、それによっても、ある一定以上の資産を持っているエージェントにしか貸さないというルールを入れてみたとします。左側は非常にドラスティックに変わりますし、右側も、この数の増加に応じて、ほぼ砂糖の分布いっぱいに広がる。しかも、ちょっと細かく色が分かれていますので見づらいんですけれども、極端なところにいるエージェントも存在いたします。もちろんほとんどが借り手のエージェントですね。つまり、場としての資源はないんですけれども、他のエージェントから資源を借りてきてそこで生存しているというのが、これは200ステップ終わった段階でのスナップショットでございますが、生存し得る。つまり、金融を入れることによって、異なる時点間でアップとなる時点ですね。いわゆるインターテンポラルで資源のやりとりができる。これはちょうど貿易で財が交換されるのと同じようなメリットでございますけれども、それを入れるだけ、同じような経済成長の中でも、例えば人口というような指標で見れば、これだけ大きな差が出てくると。700という絶対数字にはあまり意味はありませんが、これからのリファレンスとして、ひとつ大体の数字を覚えていただければと思います。
先ほどの図の中でおもしろいのは、実はこれは貸し借りの例と同じにしているんですけれども、両立てのエージェントというのが登場します。つまり、例えば我々も住宅ローンを銀行から借りると同時に、もちろん銀行にも預金をしている。そういう意味で、大抵の場合、複雑な経済社会においては、エージェントといいますか、我々の身近なところでは貸し借りというか、両方同時に行われているということが発生いたします。そういうエージェントがネットワークを形成いたしまして、円滑な資源配分に貢献している。先ほど見ましたような、例えば辺境においてエージェントが生き延びるための貸し借りというのは、こういう両立てエージェントが仲介役となって、かなり遠くのエージェントから、間接的にですけれども、資金を借りてくるということも可能になってくるんですね。
先ほどの例というか、今回お見せする例は、相続というのを認めていないという、ちょっとそういう意味では現実の社会とは違うんですけれども、エージェントが幾らためても、ある理由によって死んでしまう。すると、それは残した財産というものはなくなってしまう。あるいは、貸し借りをあるエージェントが死んだ段階で子孫に引き継ぐということがないという前提を置いていますけれども、それでも、つまり時点間の資源の移転というのは、かなり制限されている。つまり、有限の人生しかないエージェントの間という限定つきではあるんですけれども、非常に大きなメリットが出てくる。
ちょっと横道にそれますけれども、今後の議論との関係で、今見たような例えばエージェントが持っている資産をベースに貸し借りの基準を決めるという以外に、以下では、成長力の代理変数といいますか、こういう場において生き延びる確率の高いという意味では、視力が高いとか、生存の確率は高くなる、あるいは資産を蓄積する確率が高くなりますので、視力を自分の資産にかわって、融資の基準に使うということをやってみる。これはその2つを比べた場合でございます。もちろん上にも書いてありますけれども、よく銀行等で土地等の担保で借りるのか、それとも、例えばよくベンチャーファイナンスといいますか、ベンチャーに対して資金がなかなかいかないとかいう議論をされる場合に、担保がないからだという議論がありますけれども、その将来性をどう見るかというような形で評価するというようなことを比べてみたとします。これは、やはりある一定の経済条件のもとで、この2つの基準でやってみたらとか、これは100ステップしかやっていないんですけれども、この場合は、最大視力が8で、その半分ぐらいまでの視力がある人たちには、エージェントには貸してあげようということをやります。総人口で言えば、視力基準のほうがかなり高い伸びを示す。つまり、将来性をかってあげると、今現在の手持ちがなくても、それなりにちゃんと返済してといいますか、経済成長を促すということが見てとれるということでございます。
ただ、物事はそう簡単ではないわけで、少し成長力を下げておいて、例えばいろんな視力基準で見たものがこれでございます。これは同じ視力という基準なんですけれども、その3つ、左側からそのカット・オブ・ポイントといいます。融資基準を全く緩くした場合が一番左、それから真ん中がちょうど最大視力エージェントの半分までを貸すとした場合、あるいは右側はその与信をもっと厳しくした場合とございます。ほとんど差はないんですけれども、例えばこういう状況の中においてみると、全く野放図に貸すというよりも、ある一定の基準を設けることにはやっぱり意味がある。しかも、視力があまり厳しくすると、それも若干の影響がある。ほとんど差はないですから、あまり大きなことは言いませんけれども。
ここでちょっと示唆したいことは、例えば担保基準だとかキャッシュフロー基準だとか、あるいはカット・オブ・ポイントだというような、例えば銀行がお金を貸す際のルールというのがございますが、これはここのモデルでもある程度明示的に出しておりますけれども、経済成長だとか、あるいは、例えばここでは最大視力という形であらわしていますけれども、先を見る目というよりは、先に何か富を見出し得る能力といいますか、そういうものとか、いろんな要素に影響を受けるわけです。ですから、現実に日本の銀行とかが、そういう、例えば事業をやりたいという借り手にどういうふうにやっているかは別として、例えばあるモデルを組み立てて、その経済状態に応じて、与信基準を変えていくというようなことをダイナミックにやるというようなことは、例えばこういうエージェント・シミュレータを使って、ある程度の示唆を受けることができるのではないかと思います。
ちなみに、成長度をかなり高くすると、とにかく資源が豊富にあるいうことになりますと、あとのほうでもいろんなことをお話ししますけれども、関係なくなっちゃいますね。例えば貸倒れが起ころうが、もうざるのようにというか、相手もちゃんと見ずに貸しても結果オーライ。これも10年ほど前には多分日本でも見られたような状況だと思いますけれども、そういう意味では、やはりある程度経済成長が停滞している、先に見ましたように、金融という機能がないときには、非常に低い成長といいますか、進行しか保持できないような経済システムにおいて、金融が入ることによって、あるいはそれがさらに例えばこういう与信基準を入れて選別するということによって、経済成長というか、社会の保有能力というか、キャパシティを上げるということが可能になるわけです。
ちょっと学者的な表現ですけれども、先ほど挙げましたような情報の非対称性に伴う問題というのを少し考えてみたいと思います。これは、金融取引のように、例えば物と、例えば車を買うのとちょっと違って、金融の場合には、借りる、貸すと言っても、資金の移動、しかも最近では情報の移動しかないわけです。そういうときに、ここに書いてあるような情報の非対称性に伴う問題、あるいは貸し手と借り手の間で情報の量が違うと。例えば借り手が何をしようとしているのかという意図がわからないということが、大きな問題になります。でも、ここでは2つの事例をそこで挙げているんですけれども、1つは先ほど視力で与信判断をする、融資の判断をすると申し上げましたけれども、実際のところ、借り手の視力、言いかえれば、成長性を正確に理解できるかどうかというのは別なわけです。今、お見せしたところまでは、正確に借り手のエージェントの視力をわかっている、将来性がわかっているという前提でございます。もちろん厳密に言えば、視力が高いからといって生存能力が高いかどうかは別なんですね。それにしても、そこに情報のギャップはない。ところが、現実にはそれがわからないわけです。しかも、借り手の側も自分の視力が幾つかということは、この場合、このモデルでは全く不問に付しているんです。つまり、自分がわかるかわからないかということに関係なく、結局のところ視力が幾つかわからない。それをある一定の誤差で間違えるという形でモデル化してあります。
それからもう1つは、借り手の意図がよくわからない。こういうことをやりたいのでお金を貸してくれ。現実の世界の話ですけれども。ところが、実際はそういうもの以外にお金をつぎ込んでしまうというようなことは、現実の社会でもよくある話です。ところが、それを貸し手が全部わかるわけにはいかない。よく情報の非対称性に伴い、インセンティブの問題とか、そういう話をするときに出てくるようなものを、ここではこれも借り手のエージェントが意図を持っているなどということではないんですけれども、一定の確率で踏み倒してしまうというルールを入れまして、そのインパクトを見ようとしております。
おもしろいことなんですけれども、とりあえず今ご紹介したような2つの非対称性に伴う問題というのを、それぞれ別個に入れてみますと、ほとんどインパクトがないんですね。左側は情報といいますか、視力の審査をかなりの程度で間違える。例えばここに最大視力6と書いてありますけれども、例えば±2で借り手はそれを間違える。平均して正確なんだけれども、最大±2の視力で間違えるということを導入しております。その人口の数だけでは判断できない部分もありますけれども、ここで見ると、かえって先ほどの例よりも多いくらいの人口になってしまっています。ここだけ実はステップ数が200と表示されているんですけれども、ほかと同じことでございます。
実は、極端な例で、もうそれこそ視力の審査なしにしようということを入れると、実はもっと伸びたりします。これも先ほど申し上げたような、経済状態等に依存しているわけですけれども、ある一定の条件下では、もう盲めっぽう貸しても、それが最終的にはキャパシティの拡大に貢献するというようなことが起こり得るんですね。常にそうではないんですけれども、逆にかなり厳しい条件を入れていきますと、やはり視力基準というか、そういう審査基準を一定基準に上げていかないと、むしろキャパシティは下がってしまうというようなことが起こると。それにしても、ここでのメッセージは、例えばそういう審査基準だけ狂わせてもよくわからないという要素を入れても、あまりインパクトはない。同じことが貸倒れでも言えまして、これも非常に極端な例なんですけれども、借り手のうち3割、0.3の確率で踏み倒すという仮定を入れて、そのかわり、踏み倒してブラックリストに載ったような借り手も、その後でも借り続けられる。ただし、非常にペナルティを払わなければいけないというルールが導入されています。
でも、これだけ入れても、ほとんどインパクトがない。やはり非常に伸びるんですね。きょうの1つの基本的なメッセージなんですけれども、金融機能というものがない状態で比べて、金融機能というのを入れると、例えばそういういろいろな資源の配分のゆがみをもたらすような要素、貸倒れだとか審査の基準の誤差がある。そういうものを入れても、かなり機能そのもののメリットといいますか、それが大きいということです。ただ、この両方、貸し手も借り手も間違えるといいますか、両方入れるとそれなりのインパクトが出てきます。これを創発と言うにはちょっと大げさかもしれませんけれども、片一方だけ入れてもほとんどインパクトはないんですが、これを同時に入れる。つまり借り手も間違えるといいますか。この場合は自分の意図で踏み倒すわけじゃなくて、天の声といいますか、おまえは踏み倒せという形のルールなわけですけれども、そういう形で踏み倒すというのと、審査誤差を入れると、キャパシティもかなり減ると。それにしても、最初に見たような非常に山の頂点に集まったようなエージェントとはかなり違って、密集したような分布にはなっていますけれども、いわゆる情報の非対称性に伴うコストといいますか、これをコストとして経済学とかファイナンスの分野では取り扱うわけですけれども、こういうふうに見ていくと、いろんな状況が組み合わさったときに、それが発現してくる。それぞれの個別の理由だけでは、結構インパクトは小さいということが見てとれるかと思います。
今のものに1つツイストを入れるというか、審査誤差と、それから貸倒れというものを入れてあれだけ下がったわけですね。あれだけと言っても総体的なものでございますが、900とか800とかいうレベルでふえていたものが、550から600ぐらいの間に落ちるわけですね。ここでは、全員がある一定の確率で視力の判断を間違える中に、エージェントの中に5%だけ総体的にその間違いが少ないエージェントというのを当初に入れます。そうするとどうなるか。いわゆる審査という能力が総体的にすぐれたエージェントを、これもランダムですけど、入れてみるということをしますと、またもとに戻るんですね、……。つまりここでやっているのは、いわゆる情報の非対称性の問題が発現しているような状況の中に、ある一部のエージェントだけが総体的に審査能力がすぐれているという状況を入れるとすると、こういう形に戻る。それで、金融機関はどういう存在なんだろうというと、例えば1つはこういう役目をしているわけですね。社会において、我々がだれがに直接貸すというようなことを比べると、例えば過去のデータベースを持っているとか、そういう意味で審査能力にすぐれているということが機能なわけです。そういうものがいれば社会的な構成が高まるということがわかると思います。
ただし、現実と1つだけ違う点は、適者生存といいますか、ここでマル印で囲った部分なんですけれども、このモデルではそういう当初5%しかいなかった審査能力にすぐれたエージェントが、やはり生き残っていくわけです。非常に数がふえて全体を押し上げる。ここは若干今申し上げたような、例えば社会の中にそういう審査能力にすぐれた人間が専門的にそれを行って、分業することによってメリットがあるという要素とは違う部分がございます。それはフットノートとして、ここで申し上げておきます。
それで、実はここに張りつけられなかったので、今から再生のログでお見せしたいと思いますけれども、今は情報の非対称性に伴って単に間違えるというだけで物事を判断しておりました。でも、例えば現実の金融システムというのは、皆さんご承知のように、過去数年間、公的資金の導入だとか、要は、金融システムは社会において非常に大事だということで、いろんな措置が講じられてきたわけです。そういう中には、今このモデルに明示化して入れたようなもの以外に、いろんな要素があるわけです。今からお見せするシミュレーションは、例えば貸倒れが起こったときに、貸手の側は貸し倒れしていないほかのエージェントに貸しているものを、その時点で強制的に回収してしまう。つまりホールしてしまうというような状況を想定してあります。さらに加えて、天の声といいますか、例えばある時期、例えばニュースか何かで、日本の金融システムは動揺しているということで、貸手が一斉に今まで自由に貸し借りに応じていたものを、貸し借りについては応じるんですけれども、全員が同時に貸し出す量を半分にしてしまう。そういう外的なショックを入れます。そうしたときにどうなるか。ですから、これはいろんな金融不安といいますか、そういうものをいろいろ同時にといいますか入れてみる。つまり、量的にも減る、あるいは貸し倒れした後のペナルティというのは、ものすごいペナルティをここに課しているんです。つまり、価格的にもペナルティが出る。あるいは与信基準があいまいだとか、そういうことも全部含んだものでございます。ちょっと再生してみていただけますか。
これで200ステップなんですけれども、ここで言うと、数字では650から700の間ぐらい。分布がこんなふうになっている。「信用の動揺」というような大げさなタイトルを入れたんですけれども、実はそれほど動揺していないということがわかります。シミュレーションの失敗と言えばそうかもしれませんけれども、逆に言うと、同じメッセージの繰り返しになりますけれども、金融という形で資源を、その場にある資源だけではなくて、エージェント間でやりとりできるということのメリットは、やはりかなり大きいんですね。その中においていろいろ考えられるショックというか、問題、金融システムを取り巻くいろいろな問題を入れても、確かに大きなインパクトというか、キャパシティには差が出るわけですけれども、相対的な意味ではそんなに大きくないんですね。1つのメッセージとして、つまり金融機能というのは非常にロバストだと。極端な言い方をしますと、盲めっぽう貸しても、それで意図的にたくさんの人が貸し倒れを起こしても、そういうことによって、変な言い方ですが、だから金融をやめてしまえということにはならない。当たり前と言えば当たり前ですけれども、それだけ金融のメリットは大きいということが確認できた。
逆に、しかし、現実には貸し倒れというか、信用不安というのは起き得るわけですね。過去に歴史的な事例はございますし、例えば最近でもどこかの銀行の店頭に預金者がわっと集まるというようなことは、現実に起こるわけです。例えば、日銀が大量な日銀券をトラックで運び込んで、信用不安を静めるというようなことが行われるわけです。そういうことを考えてみますと、今までご紹介したようなモデルに当然取り込まれていない部分が、実はこういうキャパシティをもっともっと大幅に下げてしまうようなインパクトを持ち得るということですね。例えば今回は入れておりませんが、決済機能、つまりここでは砂糖という資源のやりとりは、少なくとも確実に行われている。踏み倒されるわけですけれども、やりとりをする際に、決済的な不安がないということは、モデルに入っていないということがあるわけですね。あるいは、例えば貸し借りをする際に、普通であれば相手の顔といいますか、この人は信用できるどうかというのは、やっぱり普通は考える。ここでは、エージェントはたんたんと「はい、いいですよ」と。性善説に立つといいますか、貸し倒れするかもしれないけれども、とりあえずそれによって、例えば強制回収というのは事後的な学習はするんですけれども、それによって特定のエージェントを差別してしまうというようなことがないという前提であります。
逆に言うと、ここまでしかできていないということで、その残差としてしか今は申し上げられないんですけれども、例えば信用不安は起こると、社会的なインパクトというか、社会的な構成に非常に大きな影響を与えるわけですが、現実に何がそれをもたらすのかということは、かなり厳密に考えていけるということだと思います。ここで今までお見せしてきたことというのは、例えば情報の非対称性がもたらす社会的なコストは大きいというか、そういうものが存在するとか、例えば貸し借りの関係があるのに、途中で過去の貸し借りを戻してしまうというようなことが連鎖すれば、社会不安を起こす、あるいは信用不安を起こすというようなことがあり得るわけですから、厳密に考えていくと、それのうちのどの要素が本当にインパクトがあるのかということが、より分けられていくといいますか、そういうことがあるわけですね。
よく昭和金融恐慌のときも言われたと言いますけれども、実験はできないと。つまり、つぶれそうな銀行があるのに、それを救済しないで、それでも大丈夫だということは、例えば中央銀行だとか大蔵省というような政策当局者から見れば、そういう実験はできないということで、今まで基本的には全部救済してきているわけですね。
ところが、それに伴う問題点は当然あります。いわゆるモラルハザードと呼ばれているようなことです。預金が全額保護されることに伴う問題、そういうものが、例えばこういうエージェントモデルを使っていくと、そのインパクトのたかが、ある程度表現できると。そうすると、実際にミニマムなコストで、例えばそういうモラルハザードを起こさない形で、どの部分を例えば法的に保護することによって、最大の効果が得られるのではないかという示唆が得られる。まだそこまで残念ながらいっていないんですが、それと同時に、先ほど申し上げましたように、例えば金融機関が社会的に大きな存在として意味がある、与信基準というものでほかのエージェントよりもすぐれているというようなことが、効果といいますか、意味があるとすれば、それをいかに発揮していくか。これが例えば競争になってきている。今までは、銀行とかノンバンクとか、それからサラ金とか、そういう形で顧客別にセグメントされてきておりますけれども、アメリカなどではもう一般的になりつつありますが、それが互いに競争を始める。そういう中で、例えばそういう金融機関というようなものが差別化していく、あるいは競争力に打ち勝っていくときに、何を強化すればいいのか、そういうようなところに応用があるんじゃないかと思います。
これをそういう形で今後展開していきたいと思っていまして、例えば、ここではフレディビリティという言葉で書いてしまいましたけれども、先ほど申し上げたように、金融パニックというのは社会的に現実に起こるわけです。ある種の伝染といいますか、ちょうど伝染性の病原菌にエージェントが侵されていくような形で、例えば1つのエージェントが起こした行動が社会的に広がっていくことによって、機能が麻痺する。ここで、例えばそういうものを明示的にやることはそう難しくないんですけれども、入れてしまえば、例えば総人口で見た数字がものすごく減る。つまり、金融機能が麻痺してしまうというのは、やる前からわかってしまうわけです。だから、ルールにそれを書き込んでしまえば、そうなるのは当然なわけです。
ABSとかマルチエージェント・シミュレータのおもしろいといいますか、意味のあるところというのは、そういった状況がある条件下でイマージュしていく。いわゆる創発してくるところにあるわけです。それをどう入れ込んでいくか。例えば預金者がどこかでうわさを聞いて、自分の預金を引き出しにかかるというようなことで金融パニックが起こるとよく言われています。それをここで明示的なルールで書いてしまうと、確かに金融パニックが起こったということになるんですけれども、これは逆に言うと、方法論的にといいますか、これを意味のあるものにするときに、非常に大きな問題でした。そうなるように仕組んでいるからです。そこの区別は非常に難しいといいますか、こういうシミュレータを使って、新しい方法論として確立していくときに大きな問題かなと思います。
あとは、もっと戦略的にといいますか、例えば個別の金融機関だとか、あるいはそういうところが新しいベンチャーを立ち上げたいというようなときに、そういう存在、事業がどういう戦略的な強みを持つようにしていくかというようなときに、このシミュレータみたいなものを使います。一見非常におもちゃのように見えますけれども、かなり本質を突いた部分があそこから浮き上がってくると思います。その中で持続可能なもの、例えば先ほどの例で言えば、他のエージェントよりもすぐれた審査能力というのはどうやって持てばいいんだというようなところに特化して考える。そういうふうに考えていくと、今の銀行というようなところ、例えばビジネスモデルとは別のモデルが考えて、しかも、競争力を持つようなことが考えられるのではないか。
以上、非常に素人プレゼンで申しわけなかったんですけれども、私の報告を終わらせていただきたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。
(質疑応答)
【奈良】
富士銀行、奈良と申します。今のは金融機関に携わる者としては非常に興味深く伺ったんですが、1つは、先ほど貸し倒れがあったときにペナルティを……したいということでこれをつくられていたんですが、例えばペナルティとして次から全く借りられない。例えば一度デフォルトした部分については、次以降は借りられない――まあ、……の方はわかりません――というような形でされたことがあるんでしょうか。というのは、実は、今までの日本の金融機関というのは、一度貸し倒れると、ほとんど借りるすべがないというのが現状です。ただ、今の中で、実は一度倒れたところにも、ある程度のもので……をつけていこうというような……ところが起きているんですが、そういうことを考えると、このことは非常に興味的で、そういうことをしていくと、社会全体としては伸びていく。ただ、今の現状で言うと、……ということは考えていないということで、その前のときには、例えば同じようにあまり……伸びていくのか、もしくは逆に……していくのか。その辺のところをもし事例がありましたら教えてください。
【遠藤】
非常にいいポイントだと思うんですけれども、このモデルでは、現状においては、今ご質問にあったような、全く貸さないという状況は今は想定していません。それをやってみるとおもしろいと思います。ただ、今ご紹介して、実際にグラフ等でお見せしたのは、例えば一度、自分の意図とは別に天の声としてデフォルトしてしまうためには、ブラックフラグがつきまして、次回、借り入れをしようとすると、以前のレートに比べて10倍高いレートを要求されているんです。当初10%なんですけれども、それが100%になる。それをさらに貸し倒れすると、その倍といいますか、貸し倒れ回数に応じて、それがさらに高くなっていくという設定です。その意味で、借りられないことはないんですけれども、ちょっとプレゼンの中で申し上げたように、価格でかなりそこをコントロールしています。実際のところは、禁止的な高いレートという形で表現していて、実際に本当はおっしゃるように全く貸さないとやらないといけないですね。
もう1つは、ブラックのフラグがたつんですね。これは他にすべてにわかるフラグになっていますので、つまり、貸し倒れを直接被害者として受けた人ではなく、だれから借りようとしても同じようなレートで借りなければいけないという前提になる。だから、その意味では、かなり、量的に借りられる可能性があるんだけど、多分実際には無理だろうという状況を設定しています。
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